落合監督と清原、対照的な引き際

10月1日、大阪ドームで行われたオリックス清原の引退試合はまるでコンサートのようだった。マリナーズ・イチロー、阪神金本、歌手長渕剛らスターに彩られて、最後は涙のスピーチで締めくくった。その様子を落合監督は東京都内の自宅テレビで見た。
翌日、落合監督の口からは自然とプロ選手の引き際に関する話題が出た。
「オレはチームに迷惑がかかるからシーズンが終わるまで引退を球団のだれにも言わなかった。引退試合っていうのも頭にはなかった。だって辞める時はそっと辞めたいじゃねえか。まあ、そうかと思えば引退しますって大々的に言って、辞めていくやつもいるんだよな」。
98年、日本ハム・落合博満はシーズン終了後に引退を表明した。日本ハムからはシーズン最終戦を引退試合にするという打診があったが、断った。
「オレの辞書には引退試合という言葉はないね」。 なぜか。落合監督は大相撲を引き合いに出した。
「相撲だって引退するって言った力士は次の日から土俵に上がれないんだぜ。次の日は不戦敗で、その次の日から引退って書かれるんだ。なんで野球だけ、引退興行になっちゃうんだよ。まあそれが悪いとは言わないけどな。人それぞれの考え方があるんだから」。
八百長疑惑に揺れる大相撲でさえ、真剣勝負の大前提は崩さない。だが、プロ野球は引退試合となれば「全球直球勝負」のように興行的になる。落合監督は個人的にそれが嫌いなのだ。誤解を避けるために書くが、落合監督がその才能を最も評価したのが清原だ。「オレが今まで1番もったいないなと思った選手が清原だ。あれだけの才能があるのに。周りが悪いんだ」が口癖だった。2人は野球観、打撃理論などでつながっていたが、進退についての価値観はそれぞれだ。
大観衆の前で恩人に感謝を告げて最後を飾った清原。だれにも知らせずにひっそりと去った落合。記憶に残る「無冠の帝王」と記録に残る「3冠王」。引き際の美学は対照的だ。
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