« December 2, 2007 - December 8, 2007 | Main | January 6, 2008 - January 12, 2008 »

December 16, 2007 - December 22, 2007

2007.12.21

“家出息子”太蔵議員にNO…武部自民党元幹事長インタビュー

071219_25
「バカは死ななきゃ治らない」―。「小泉チルドレン」の後見人を自負する自民党・武部勤元幹事長がインタビューに答え、次期衆院選で党未公認でも北海道1区から出馬すると息巻いている杉村太蔵衆院議員の迷走を嘆いた。一方で、チルドレンの処遇をめぐっては離党も辞さない覚悟を示していたが、こちらはトーンダウン。「若い議員を守るという決意だ。実際は全員公認されるだろうから離党はない」と楽観的な見方を披露した。
 太蔵氏とは父と息子のような間柄を築いてきた武部氏。しかし、郵政選挙で「我が息子です」と親子の契りを結んだはずの“長男”のホリエモン同様に“二男”との蜜月(みつげつ)も思わぬ形で終わりを告げた。9月の総裁選。武部氏が束ねる「小泉チルドレン」を中心としたグループ「新しい風」は当初、小泉元首相の再登板に動くも失敗。それではと「福田支持」へ方針を急転させたことに、太蔵氏がカチンときた。「ついていけない」と造反、麻生太郎前幹事長に投票した。
 「杉村君は『新しい風』を除名されている。勝手に出て行ったのだから“家出息子”みたいなものだ。父親とけんかして家を出るぐらいの男じゃないと将来、期待できない、なんて言われたりするから“オヤジ”の僕は追っかけません。あとは自分一人で生きていけ、と」
 北海道1区の公認争いは太蔵氏と、会社役員でYOSAKOIソーランの創始者・長谷川岳氏との一騎打ち。自民党北海道連での最終面接に臨んだが、結論が出なかったため、道連は事実上の予備選挙実施の方針に変更した。その対応に杉村氏が激怒。「公認するかしないかは党の判断だが、選挙に出るか出ないかは私の判断。私は誰が何と言おうが必ず北海道1区から出馬します」と宣言した。道連をけん制したつもりだったが、地元は猛反発。予定されていた討論会への参加を拒否するなど杉村氏の迷走は加速している。
 「なんてバカなことを言ってしまったんだと思ったよ。バカな息子ほどかわいいものはないと思っていたが…。バカは死ななきゃ治らない、ということだ。彼の良さはたくさんある。しかし、ああやってすぐに開き直るのは悪いところ。政治家の開き直りには正義を貫く時に命をかけたり、党を飛び出したりというのはある。杉村君も自らの行動や行為については責任を持たないと。あそこまで開き直ってしまったのだから、私はもう知りません。地元での立場も厳しいだろう」
 ―現職と新人を同じ立場で競わせた北海道連に問題はなかったか。
 「地元の対応もいただけなかったな。僕が幹事長の時から彼は北海道1区から出馬したがっていたが、まだ努力が足りないと思い、とりあえず彼に『仮免許』を与え試してみた。その後の杉村君は選挙応援に励み、札幌に定着するために事務所を設けたりと、ちゃんとやっている。なのに地元では別の人物を引っ張り出した。まず先に杉村君に『本免許』を出すかどうか結論を出すべきだった。ここまで混乱したのだから一度水に流して仕切り直すしかない」
 太蔵氏が強行出馬を宣言した。自民党選挙対策委は次期衆院選に向け、候補者選定の新基準を示した。内容は「比例代表単独の公認候補数はできるだけ抑える」「コスタリカ方式は新たに認めない」などで、「チルドレン」が誕生するきっかけとなった優遇措置も原則廃止することに。彼らの後見人的存在の武部氏の胸中は…。
 「僕が幹事長時代に取り決めた優遇措置などはルールとして守られるべきだが、一方で参院選の結果を考慮し、党執行部が打ち出した新たな方針もまた正論だ。2つの正論をどう調整をするかが今後の課題だ」
 ―野田聖子議員と佐藤ゆかり議員が公認を争う岐阜1区は?
 「野田さんを公認し佐藤さんをポイ捨てすれば野田さんは落ちると思う。佐藤さんを支援してきた人たちは野田さんを応援しないんだから。その逆もあり得る。岐阜に限らないが、双方が成り立つようなことを考えないといけない。それが執行部の仕事だ」
 ―調整は難航する?
 「難しくない。原則禁止のコスタリカ方式もあれば、国替えもある。総裁枠や女性枠もそのためにある。執行部は『原則、基本』というが例外は常にある。私に『重大な決意』をさせず、円満解決できる方法はあるじゃないか」
 選挙区で復党組と競合するチルドレンが党公認を与えられない冷遇も予想される事態。武部氏はチルドレンの一人、小野次郎議員(比例南関東)のパーティーで「小泉チルドレンが公認を得られなければ、重大な決意をもって臨む。私自身が党を出るつもりだ」と仰天発言した。
 「あの発言は2年前に公認した責任者として僕は離党してでも小野君を体を張ってでも守るという覚悟を示したにすぎない。1年生は世慣れておらず、まだ弱い。チルドレンを命がけで守るということで、オーバーな表現でもなければ、脅し文句でもないと思う」
 ―離党して「小泉新党」立ち上げを視野に入れていたのでは?
 「はははっ。新党立ち上げなんて考えは毛頭ない。僕の離党発言を聞いて小泉さんは笑っていた。そして『俺も若い連中を応援するぞ』とも言っていたよ」
 ―では離党はない?
 「僕が自民党を出るというのは通常考えられない。なぜかというと、チルドレン全員が公認になるからだよ。党が公認しないわけがない。それが筋だ。うん」
 ―でも、チルドレンは「使い捨て」という声もある。
 「小泉チルドレンは小泉改革の戦士だ。昨今改革が停滞している印象が付いているが、彼らは『改革を止めるな』と必死でやっている。次期衆院選で自民党は厳しいだろうが、僕は若い議員は生き残ると思っている」
 ―武部氏の言う通りの調整をすれば結論は早い?
 「もう結論は出ている。でも、あまり早く答えが出るとマスコミが取り上げてくれないからね(笑い)。選挙や政治はドラマ、劇場ですよ。最近は政治に何もないから、暗いし燃えないんだ。小泉さんの時は明るかったじゃない。あの時、僕が『偉大なるイエスマン』なんて言ったけど、面白かったでしょ? まあ、これからは『福田劇場』が始まるんだ」
 ◆武部 勤(たけべ・つとむ)1941年5月1日、北海道斜里町生まれ。66歳。早大卒業後、三木武夫元首相の政策研究所に勤務し、71年に北海道議会議員に当時最年少で当選。86年の衆院選で初当選。小泉純一郎元首相に重用され、01年に農相で初入閣し、04年には自民党幹事長に就任。この際「私は偉大なるイエスマン」と発言し、小泉氏への忠誠を誓った。06年2月にはいわゆる「偽メール事件」で民主党をうっちゃり、当時の前原代表を辞任に追い込んだ。当選7回。山崎派。特技は似顔絵。
太蔵氏に激しい檄を飛ばした武部氏。“息子”の暴走に苦悩の表情を見せた
◆“家出息子”太蔵氏 
◆にNO 
◆「バカは死ななきゃ治らない」 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« December 2, 2007 - December 8, 2007 | Main | January 6, 2008 - January 12, 2008 »