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October 7, 2007 - October 13, 2007

2007.10.10

小沢一郎名義不動産の同室に関連4団体の1団体だけ家賃納入

O070031
民主党の小沢一郎代表の資金管理団体「陸山会」が東京都港区にマンションの1室を所有し、入居する関連政治団体「小沢一郎東京後援会」から毎月10万円の賃料を得ていることが分かった。陸山会を巡っては、別のマンションの2室をコンサルタント会社と財団法人に有償で貸し、政治資金規正法に抵触する疑いが持たれているが、政治団体同士でも不透明な金銭のやり取りが行われていた形だ。
 政治資金収支報告書によると、この1室は「チュリス赤坂」(港区赤坂2)701号室。陸山会が政治資金で95年に購入した。広さは117平方メートルで登記簿上の名義人は小沢氏個人になっている。ここには、「陸山会」「東京後援会」に加え、関連政治団体「誠山会」「小沢一郎政経研究会」も主たる事務所を置き、四つの政治団体が同居。「陸山会」は小沢氏が代表、その他の3団体は小沢氏の秘書が代表を務めている。
 このうち「東京後援会」は毎月10万円の家賃を陸山会に支出している。同団体の報告書には、これと同額の事務所費が計上され、06年末までの5年間で600万円が支払われていた。
 一方、「誠山会」「政経研究会」は家賃の支払いがないが、「事務所費」が06年までの3年間でそれぞれ2900万円、2500万円ずつ計上されていた。
 小沢事務所は「『東京後援会』は秘書の社会保険などを支払うために立ち上げた団体で、直接的政治活動とは言えない。ほかの2団体は政治活動に使っているので家賃の支払いはない」とコメント。家賃を払っていない2団体が多額の事務所費を計上していることについては「電話使用料、切手購入費、修繕費そのほか、事務所の維持管理に必要な経費が含まれる」と説明している。
 ◇小沢氏側「売却を検討」
 民主党の小沢一郎代表の資金管理団体「陸山会」が、マンションの2室をコンサルタント会社などに有償で貸していた問題で、小沢氏の事務所は9日、家賃の見直しやマンションの売却を検討していることを明らかにした。
 陸山会は、東京都港区の「プライム赤坂」と千代田区麹町の「グラン・アクス麹町」の2戸をそれぞれ、コンサルタント会社「エスエー・コンサルティング」と財団法人「国際草の根交流センター」に貸し、家賃収入を得ていた。
 小沢事務所は、財団法人への賃貸について「相手の申し出により家賃を取ることになった。家賃は相場より低く設定しており、投機的な意図はない」と説明。今後は無償で貸し出す方向で検討。また、コンサルタント会社が入居していたマンションは「あらぬ批判を招きかねない」として売却するという。陸山会が所有するほかの不動産についても「整理できるものは売却を検討したい」と説明している。

小沢の政治資金団体は
資金の出入りが日常的に行われている団体
①民主党岩手県第四区総支部
②陸山会→悪名高い不動産持ち
③誠山会
④小沢一郎政経研究会→年四回パーティーによる政治資金回収マシーン
⑤小沢一郎東京後援会
⑥小沢一郎暮らしと政治研究所
⑦一新会
政治資金の流れがある団体
⑧新政治問題研究会
⑨未来産業研究会

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2007.10.09

夢見た教壇2カ月 彼女は命を絶った 23歳教諭の苦悩

O070017
東京都新宿区立小学校の新任の女性教諭(当時23)が昨年6月、自ら命を絶った。念願がかなって教壇に立ち、わずか2カ月後に、なぜ死に至ったのか。両親や学校関係者に取材すると、校内での支援が十分とはいえないなか、仕事に追われ、保護者の苦情に悩んでいた姿が見えてくる。
 母(55)がメモ帳に書かれた遺書を見つけたのは、死去から2カ月たった昨年8月のことだ。「無責任な私をお許し下さい。全て私の無能さが原因です」。「無責任じゃない。責任を果たそうとしたから倒れたのに」と父(55)。やりきれない思いがこみあげた。
 高校時代から教師を目指した娘が小学2年生の担任としてスタートを切ったのは、その年の春。
 この学校は各学年1学級だけで同学年に他に担任がおらず、授業の進め方の直接の手本がなかった。しかも、前年度10人いた教員のうち5人が異動していた。「家庭の事情など本人の希望などを尊重した」と区教委は言うが、「校長の経営方針に反対して異動を希望した教員も多かった」と学校関係者。「新学期のうえに教職員が入れ替わったせいで、ゆとりがなかった」と関係者は語る。
 娘がまず提出を求められたのは食育指導計画、公開授業指導案、キャリアプラン……。離れて住んでいた父は娘と電話で話していて「追いまくられてると感じた」。午前1時過ぎまで授業準備でパソコンに向かい、そのままソファで眠る日が続く姿を姉が見ていた。
 娘は姉や祖母に「保護者からクレームが来ちゃった」と話してもいた。
 区教委によると、ある保護者が4月中旬以降、連絡帳で次々苦情を寄せた。「子どものけんかで授業がつぶれているが心配」「下校時間が守られていない」「結婚や子育てをしていないので経験が乏しいのでは」。校長がこれを知ったのは5月下旬だった。「ご両親が連絡帳の文面を見たらショックを受けるかもと区教委から言われた」と父。
 他の保護者たちも校長室を訪ね、「子どもがもめても注意しない。前の担任なら注意した」などと訴えていたという。
 娘は5月26日に友人と会ったとき、「ふがいない」「やってもやっても追いつかない」と漏らした。その翌日、自宅で自殺を図ったが、未遂となった。
 母が急いで精神科を受診させたところ、抑うつ状態と診断された。魂の抜け殻のようで声が出ない。娘は言った。「ひどい」。しばらくして「あたし」。
 自宅の風呂場で自殺を図ったのは、その2日後の夜だった。翌6月1日朝、病院で亡くなった。
 「大学時代、小学校で先生の補助をし、笑顔の絶えなかった娘が、どうして……」。両親は写真に問い続けた。
 団塊の世代の退職を受け、各地で新人が次々採用されるなか、埼玉や静岡などで自殺が起きていたことも改めて知った。
 亡くなって5カ月後の10月下旬、地方公務員災害補償基金東京都支部に対し、公務上災害の認定を申請した。「声を上げないとさらに亡くなる人が出てしまうかもと思うと、いてもたってもいられなかった」と母は話す。
 今春、2人は都公立小学校長会に手紙を出した。その一節にはこう書かれていた。
 「若い先生方への心と身体へのサポート体制を学校全体として作り上げていただきたい。そして若い先生方に、いつまでも夢を追い続けていただきたいとの一念です」

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2007.10.07

安田さん意識回復…脳ダメージなし、3週間後にも退院

Zz1007
意識不明のまま緊急入院していたプロレスラーの安田忠夫は自殺未遂だったことが分かった。5日夜に意識を取り戻し「なんでオレ、生きてるんだ?」と話したことが、関係者の話で明らかになった。練炭と睡眠薬を使い自殺を企てたが、脳の磁気共鳴画像装置(MRI)検査の結果には異常は見られなかった。依然、後遺症が出る可能性は残るものの、早ければ2~3週間後にも退院できるという。
意識を取り戻した安田が、自殺を企てたことを認めた。4日夜に自宅で倒れているところを発見され、意識不明の状態が続いていたが、5日夜に目を覚ました。長女でレースクイーンのAYAMIさん(20=本名・彩美)が声を掛けると「なんでオレ、生きてんだ?」と答えたという。さらに「お前、本当にアヤなのか?」と、愛娘と再会できたことが信じられないというように話した。
自殺を思い立った動機については明らかになっていない。家族と離れて生活しているうえに、多額の借金を抱えていたという情報もあるが、定かではない。ただプロレス関係者は、安田が新日本時代にも数度、借金問題などで自殺しようとしたことがあったことを明かしている。今回は運良く命を取り留めたとはいえ、再び自殺を企てる恐れもある。ただ、意識が戻ってすぐにAYAMIさんが安田が病院にいることを告げると「入院費はどうすんだよ」と、現実的な返答をしたという。この日朝には担当医に「オレンジジュースが飲みたい」と訴えた。
この日はMRI検査の結果も出て、現時点では脳の異常が見られないことも分かった。しかし、一酸化炭素中毒の症状は数週間後に出てくることもあり、依然、集中治療室で高酸素室に入って治療を受けている。頭部を動かすことを避けるため、現在は鎮静剤を使って眠っている状態にしているという。今後は鎮静剤の量も減らす方針で、経過が良ければ週明けにも一般病棟に移る予定だ。AYAMIさんは「先生から2~3週間後にもう1度、MRI検査をして、問題がなければ退院できそうだと言われました」と話していた。

永田が盟友の安田に愛のゲンコツ「バカ」
8日のIWGP戦を前に、ポーズを決める王者永田(左)と挑戦者の棚橋 新日本のIWGP王者永田裕志(39)が安田をしっ責した。8日の両国国技館大会での棚橋との3度目の防衛戦を前に、6日に都内で会見。かつてIWGPのタイトルを争った盟友の行動を強く嘆いた。
「あのバカは本当に何をやっているのか。新日本を離れても、プロレス界のため同じ志でやっていると思っていたのに。腹が立った。ベルトで殴って目を覚ましてやる」。
もちろん、永田流の愛情表現だ。安田にプロレスラーとして再起を促すため、勝って思い出のベルトを病床に届けることに決めた。「(01年大みそかに)レバンナに勝ったり、いざという時のヤッさんのすごさを知っている。救いの手ならぬ救いのゲンコツとか、愛のムチで本人に分からせてやる」と話していた。

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