« April 8, 2007 - April 14, 2007 | Main | May 27, 2007 - June 2, 2007 »

April 29, 2007 - May 5, 2007

2007.05.04

横山ノックさん死去 大阪が愛した「タコ府知事」

A21_008
人気漫才師を経て参院議員、大阪府知事として活躍したタレントの横山ノック(本名・山田勇=やまだ・いさむ)さんが3日午前7時15分、中咽頭がんのため兵庫・西宮市内の病院で死去した。75歳。葬儀並びに告別式は親族だけの密葬で行い、後日お別れ会を開く。喪主は長男・山田一貴(かずたか)氏。上岡龍太郎氏(当時は横山パンチ)らと漫才トリオ「漫画トリオ」を結成した後、68年に参院議員転身。95年に大阪府知事選に当選し「タレント知事」として人気を集めたが、女子大生へのわいせつ行為で2000年、有罪判決を受け、晩年はメディアへの露出も少なかった。
 波乱万丈の人生に、ひっそりと幕が下ろされた。人気漫才師、参院議員、大阪府知事、そして有罪判決…。あまたの経歴に彩られた横山ノックさんが逝った。
 この日、長男の山田一貴さんと親せき一同の連名で各社に送られたファクスは「かねてより病気療養中でございました、横山ノックが、他界致しましたので、ご報告させていただきます」との文面で、葬儀・告別式は「親族だけの密葬とさせていただきます」とし、当初も一部の親しい人にしか知らされてなかった。
 死因は、中咽頭(いんとう)がん。関係者によると昨年初めから入退院を繰り返し、手術も受けたという。昨年7月には入院する事態があったが、当時は「熱中症」と発表。復帰の場となったラジオ番組で「タコも水が切れると脱水症状になる。もう大丈夫」と、対外的には元気な姿をアピールした。
 しかし、最近では、自宅近くの住民に車イスに乗って押されている姿が目撃されていた。公の場への登場は昨年9月、大阪市内で行われた「彦八まつり」で漫談を披露したのが最後になった。
 米軍施設での勤務から、1955年に芸能界デビュー。59年に横山フック氏(故人。初代)、上岡龍太郎氏とともに「漫画トリオ」を結成し「パンパカパーン、今週のハイライト」で知られる時事ネタで人気を博した。68年、参院議員選挙に無所属で当選し、95年には大阪府知事選に当選。2期目も、府民の圧倒的支持を得て再選した。
 「タレント知事」として絶頂のさなか、運動員を務めた女子大生から選挙活動中、わいせつ行為を受けたと訴えられ、ノックさんは裁判で答弁を一切拒否した。1100万円の損害賠償を命じられた様に議会や府民は猛反発し、同年12月に辞意表明。翌2000年に懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定した。
 吉本興業が「二度とあの方には協力しない」との意向を示し、各テレビ局もこぞって拒否反応。本人も「すさまじいマスコミ攻勢で、社会人として抹殺された」と復帰をあきらめた。事業の失敗、芦屋などの自宅マンションの住宅ローンなど、十億近い借金があるともささやかれた。
 04年2月、大阪・ワッハ上方での公演で復帰したさいには「毎日、反省の日々を重ねてきました」と話し、活動もラジオ番組や舞台に時折出演する程度。テレビ局の出演依頼も体調などを理由に断ったという。最近の楽しみは、孫と公園で遊ぶことだったという。
 ◆横山 ノック 本名・山田勇。1932年1月30日、神戸市生まれ。地元の高等小学校を卒業後に芸能界入りし、上岡龍太郎氏らと「漫画トリオ」を結成。「パンパカパ~ン」のギャグなどでお茶の間の人気者に。68年の参院選全国区(当時)で初当選し政界入り。参院で当選4回を重ねたが95年、大阪府知事選に無所属で出馬。東京都知事選の青島幸男氏とともに無党派旋風を巻き起こし、初当選を果たした。99年4月、府知事選で過去最高の約230万票を得て再選。同年12月、強制わいせつ罪で大阪地検特捜部に在宅起訴され辞職した。04年に舞台復帰しタレント業を再開していた。

| | Comments (0) | TrackBack (5)

2007.05.01

栃東が現役引退 5月7日発表

A200107
大相撲の大関・栃東=玉ノ井=が現役引退することが分かった。春場所を高血圧による激しい頭痛で途中休場。夏場所(5月13日初日・両国国技館)での復帰を目指し大阪と都内の病院で精密検査を受けてきたが、過去に脳梗塞を発症していたことが判明。このほど担当医師から現役続行は難しいと診断された。5月7日に父親で師匠の玉ノ井親方(元関脇・栃東)とともに会見し発表する。
 栃東が脳梗塞で引退する。この日、24日から頭部と内臓の精密検査のため入院していた都内の病院を4日ぶりに退院。東京・足立区の玉ノ井部屋に戻り「けがなら気力を振り絞って頑張ろうという気持ちになるけど、けがじゃないからね。すべては5月7日に話すから待っていてください」と、話すにとどまった。
 引退の理由は高血圧による脳梗塞。春場所を途中休場し、大阪市内の病院での検査で、過去に左頭部に脳梗塞を発症していたことが判明した。以後、今回の検査入院を含め都内の病院で3度も精密検査を行ってきたが、2度目の検査を終えたときに玉ノ井親方はスポーツ報知の取材に、「脳梗塞の跡は残っていた」と完全に回復していないことを明言。脳の血管が詰まることで起きる脳梗塞は、一度発症すると血液を正常に流れることを目的とした適切な治療を受け続けなければ、新たな場所で起きる可能性が高いという。
 今回の検査で脳梗塞の跡が消えていない栃東には、なおさら再発の危険は高い。太ることを要求される力士は血圧が高くなる可能性が大きいため、現役を続けながら脳梗塞の治療を続けることは事実上、不可能。土俵に上がり続ければ今度は生命の危険にさらされることになる。こうした状況から主治医は現役続行が難しいと判断。栃東と玉ノ井親方は進退に関して医師の診断に従うことを表明している。過去、2度も関脇陥落を経験しながら不屈の闘志で大関復帰を果たした栃東だったが病魔には勝てなかった。
 引退を決めたのは部屋の後継問題もある。玉ノ井親方は2年後の09年9月3日に65歳の定年を迎える。その後は息子の栃東が引き継ぐことは内定している。日本相撲協会の規定で大関は引退後、3年はしこ名のまま協会に在籍できるため今、引退しても親方の定年と同時に部屋を引き継ぐことが可能だ。脳梗塞を抱えながら強行出場を続け、万が一の事態が起きれば部屋の存続も危うくなる。いずれにしても、すべては5月7日に栃東自身が明らかにする。
 ◆栃東 大裕(とちあずま・だいすけ)本名・志賀太祐。1976年11月9日、東京・足立区生まれ。30歳。玉ノ井部屋。明大中野高時代に高校横綱。94年九州で初土俵。96年夏に新十両、同年九州で新入幕。02年初、大関に昇進。2度の関脇陥落からの大関復帰は史上初。父は玉ノ井親方(元関脇・栃東)。優勝3回。殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回。金星4個。得意は押し、左四つ。通算成績は560勝317敗169休。180センチ、155キロ。独身。
 ◆脳梗塞 脳の血管が詰まることによって、細胞の一部が死んでしまう病気。死に至らなくても、手足がマヒするなど後遺症が残ることもある。素早く適切な処置をすれば助かる確率も高く、後遺症も残らない。
 ◆栃東に聞く
 ―検査の結果は。
「心臓や内臓に異常はなかった。今のところ血圧も落ち着いている。お医者さんからは『やせないといけない』と言われた」
 ―けいこ再開のメドは。
「何も考えていない」
 ―夏場所の出場は考えていますか。
「今は(けいこなど)何もしていないので厳しいことは厳しい」
 ―休場を考えますか。
「自分としては休むのはいいことだと思っていない」
 ―心配している人も多いですが。
「今まで(2度の関脇陥落からの大関復帰など)たくさんの心配事を乗り越えているから大丈夫」
 ◆栃東の病状経過
▽3月22日(春場所12日目) 頭痛を訴える。脳梗塞の疑いもあり大阪市内の病院に緊急入院し途中休場。検査結果は高血圧。
▽同25日(千秋楽) 退院。脳梗塞の跡が発見され進退について「半々」。
▽同26日 帰京。
▽同27日 都内で再検査。
▽4月1日 三重・伊勢神宮奉納大相撲に土俵入りだけの参加。
▽同2日 東京・足立区の玉ノ井部屋でけいこ再開。
▽24日 精密検査のため都内の病院に入院。
▽28日 退院。

| | Comments (0) | TrackBack (3)

2007.04.30

「レズビアン」公言の女性が参院選に出馬へ

0429
日本で初めて同性愛者であることを公表した現職議員の尾辻かな子・大阪府議が今夏の参議院選挙に出馬することが関係者の話で分かった。参院選を「政権交代」の足がかりとしたい民主党の公認を受けて比例区から立候補する。民主党は近々、尾辻さんの擁立を発表する予定だ。
 2003年4月に堺市から大阪府議に28歳という若さで初当選した尾辻さん。2005年8月に東京都内で約3000人が参加して行われた『東京レズビアン&ゲイ・パレード』の開会式で、「今日はみなさんとレズビアンとして歩きたい」と発言し、自らが同性愛者であることを公表した。また、パレードにあわせて、レズビアンであることを明かすまでの自分史をつづった『カミングアウト―自分らしさを見つける旅(講談社)』を刊行した。
 2006年4月には世界中からLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の政治家や活動家がスイス・ジュネーブに集まり開催された『国際レズビアン&ゲイ連盟』世界会議に尾辻さんは参加している。会議期間中は、アメリカの国会議員の中で唯一、レズビアンであることを公表しているタミー・ボールドウィン下院議員やゲイであることを公言しているスイスの国会議長など有力政治家と相次いで会談した。フランスの人気雑誌が尾辻さんのインタビューをカラーページで掲載するなど、日本初のレズビアン政治家として世界でも知られる存在である。
 ファッション評論家で若者の間で人気があるゲイのピーコさんは「私は日本の政治や政治家に失望していますので政治には興味はありませんけど、尾辻さんには興味はあります。私は特別にどの政党も政治団体も応援する気はないけれど、尾辻さん個人は応援したく思っています。同性愛の人も、一生懸命生きて、人を愛する心を持っているのは誰にも負けません。個人の利益を優先する政治家が多い中、尾辻さんのようにマイノリティーのために生きている人を私は応援します」と尾辻さんへの支援を語る。
 パリ市長やベルリン市長、ニューヨーク市議会議長が同性愛者であることは世界的に知られている。ヨーロッパ議会では同性愛者の権利擁護を目的とした超党派の政策集団が結成され、現在約60名の欧州議会議員が名を連ね、イギリス選出でゲイのマイケル・キャシュマン議員が代表に就いている。欧米では同性愛者であると公言している政治家は少なくない。「同性愛」をきずなにした、政治家の国際的なネットワークが形成され、盛んに交流が行われている。
 尾辻さんが当選すれば、同性愛者であることを公表した日本初の国会議員の誕生ということで、世界的なニュースになるだろう。果たして、当選の可能性はあるのか。民主党関係者は次のように語る。
 「民主党の比例では1人の候補が当選するために、約10万の有権者に『個人名』を書いてもらう必要があります。尾辻さんは関西ではそれなりに知名度があり、人口の数%を占める同性愛者の票も見込めます。しかし、それだけでは票が足りない。労働組合など組織の支援が必要不可欠です。ただ、2004年の参院選のように、民主党に風が吹いて大量得票すれば、組織なしでも当選できるかも知れません」
 安倍晋三政権の命運がかかった選挙として注目されている今夏の参院選……。果たして、民主党に風は吹き、尾辻さん当選ということになるか。有権者の動向が注目される。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 8, 2007 - April 14, 2007 | Main | May 27, 2007 - June 2, 2007 »