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February 26, 2006 - March 4, 2006

2006.03.04

永田議員 国会で武部幹事長に謝罪

0304やっと認めた「メール本物ではない」
 民主党の永田寿康衆院議員が「堀江メール」が「偽物」だったことを認め、衆院本会議場で、自民党の武部勤幹事長の席に歩みより、直接謝罪した。本会議直前、2月28日に続く2度目の謝罪会見に臨んだ永田氏は「メールは本物ではないと得心している。会見であいまいな表現を用いたことをおわびし、撤回する」とペコリ。議員辞職するかについては「衆院懲罰委員会の結果を待ちたい」と重ねて否定した。
 前代未聞の電撃謝罪だった。衆院本会議開始の3分前。「タイミングを見計らっていた」という永田氏は突如、立ち上がり、つかつかと歩き出した。無数のフラッシュを浴びながら向かった先は武部幹事長の席。まずは、横からペコリ、さらに武部氏の正面に立ち、深々と頭を下げた。
 「申し訳ございませんでした。このような謝罪で済むとは思いませんが、近く正式にお時間を頂いて、ご二男にも直接、おわび申し上げたい。その仲介をお願いします」二度三度とペコペコ謝罪。最後は4秒ほど、深々と頭を垂れた。
 同僚議員と談笑していた武部幹事長は「議場はいろいろなお話をする場ではないでしょう。あらためて、きちっと対応してほしい。率直に本当のことを分かりやすく述べてほしい」と戸惑いの表情。だが、途中で立ち上がり、お辞儀を返す場面もあった。2人が向かい合ったのは1分弱。その間、目を合わせることは一度もなかった。民主党の前原誠司代表も本会議場で小泉純一郎首相、武部幹事長のもとに歩みより、直接謝罪した。
 2月28日、1度目の謝罪会見で「堀江メール」について「一定程度の事実を含んだ可能性」と、その真偽について、悪あがきを見せた永田氏だったが、この日の本会議前の会見では「メールは本物ではなく、疑惑も思い込みだった」と述べ、初めて「偽物」との認識を示し謝罪。今後、みずからに下される懲罰に関しては「いかなる内容であろうとも異論を述べず、慎んで受ける」とした。
 民主党はこの日、自民党の公開質問状に対し、「『疑惑』は思い込みに基づいたもので、根拠のない誤りだった」などとした永田氏と鳩山由紀夫幹事長名の回答をそれぞれ文書で提出。だが、自民党の逢沢一郎幹事長代理が文書について、「あの表現では納得しがたい」と苦言を呈す場面もあった。
 本会議終了後、永田氏は「あのメールは偽物と、はっきり分かったので謝罪した。直接謝罪はこんなタイミングで失礼かとは思ったが、本人(武部幹事長)と接触できる貴重な機会だったので…」と神妙に語った。武部幹事長は「2度目の公開質問状にしっかり答えてくれれば、これで打ち止めにしよう」と鳩山幹事長に話した。国会を舞台にした永田議員の連続謝罪劇で、「堀江メール」騒動が収束の方向に向かった。

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2006.03.03

永田議員に辞めろコール

反省なし 与党「除名を」
 民主党の永田寿康衆院議員の「堀江メール」問題に関する謝罪会見から一夜明けた1日、反省の色の薄い同氏に対し、“辞めろコール”が噴出した。懲罰動議の懲罰委員会付託が決まる方向だが、与党からは国会議員にとって、死刑宣告に近い「除名」処分を求める声が一気に強まった。この日も、国会に姿を見せず、またも“雲隠れ”状態の永田氏の関係者からは「今後、どのように活動すればいいのか…」戸惑いの声も上がった。
 衆院議員運営委員会は理事会で、永田氏への懲罰動議について協議、懲罰委員会付託を決める。与党は本会議での付託議決を目指す方針だ。
 与党では、この日、永田氏に対し、最も重い「除名」処分を求める声が高まった。公明党の冬柴鉄三幹事長は「永田氏はこれまで懲罰動議を何度も出されているだけに問題は重大だ」と述べ、除名が適当との認識を表明。他の出席者からも同調する意見が相次いだ。
 被害者的立場の自民党・武部勤幹事長も同日、永田氏が謝罪会見でメールが偽物との立場を明確にしなかった点について「事実関係をはっきりしてもらわねばならない。個人的には、永田氏は許し難い」と激怒。小泉純一郎首相に「与党には除名相当だという意見が多い」と状況報告した。
 小泉首相も「永田氏は自分の言動に対し、事の重大さを理解していないんじゃないか」と批判したが、「除名」に関しては「除名は議員にとって死刑宣告みたいなものだ。国民の選んだ議員を国会議員が首を切っていいのか」と慎重な姿勢を示した。党内でも「公の場で永田氏に謝らせる方が武部氏の名誉を回復できる」(自民党幹部)との指摘もあり、2番目に重い一定期間の登院停止とし、衆院本会議の場で、同氏に陳謝させるという案も浮上している。
 政治ジャーナリストの山村明義氏は「永田氏は会見でメールを『偽物』と明言しなかったために、追いつめられている。それを本人が自覚できていない。民主党からも批判の声が上がれば、辞意を表明しないといけなくなるかも」と分析する。
 当の永田氏は国会に姿を見せず「どこにいるかはわかりません」(議員会館の同氏の事務所)と、またも“雲隠れ”。民主党は永田氏の会派離脱届を衆院事務局に提出した。
 党から半年間の党員資格停止処分を受けた永田氏は今後、「民主党」の肩書を外され、活動も制限される。関係者は「名刺には『民主党』と刷ってあり、配って歩いていいのかどうかもわからない。今後の活動については、協議している最中です」と困惑し切っていた。

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2006.03.02

かとうかず子離婚会見 東の夢にはつき合えない

0302昨年うち明けられた地元・宮崎での政治活動
 タレントのそのまんま東と女優のかとうかず子夫妻が2月3日に電撃離婚したことが明らかになり、かとうが都内で会見した。早大政経学部在学中の東から将来、地元・宮崎で政治活動を行う新たな夢があると、昨年告白され「政治活動をお友達としてなら応援できるけど…。やりたいなら自分1人で」と離婚を決意したという。慰謝料、生活費などは一切なし。2人の子どもの親権はかとうが持つ。
1990年3月の結婚から17年目の電撃熟年離婚。だが、かとうは完全にふっきれたかのように、会見ではサバサバとした表情で、何度も笑みを浮かべた。
 結婚後、東の浮気や淫行騒動による芸能活動自粛などで何度も離婚危機が報じられてきたが、かとうは“過去”は「関係ない」ときっぱり否定。昨年聞いた東の「新しい夢」に付きそうことができないことが決断の最大の理由だとした。
 「夢」について、かとうは「私がいうことではない」と明言をさけたが、東は近い将来、地元・宮崎で政界入りを含めた地域活動を行う希望を持っているとされる。04年に早大政経学部に入学し、現在地方自治を勉強中。すでに宮崎―東京間を往復する生活を送っており地盤固めともみられている。
 夢に突っ走る夫に対し、かとうは「やりたいことはやった方がいい。友人としては応援できるけど…。九州に行ってしまうというのは今の自分にはできない」と別離を決意。離婚は「私が決めました」と断言した。
 離婚届は98年、東が淫行騒動の際に「迷惑をかけたので、いつだしてもいい」と、名前と判が押された状態のものをもらっており、節分の節目に届けを提出した。
 ここ数年は東が勉強に集中するため、という名目もあり都内にマンションを借りており、実質上の別居状態。最近はメールでの連絡がほとんどだったという。慰謝料、生活費の支払いなどはゼロ。2人の子どもの親権はかとうがもつが「お父さんであることは一生変わらない。最後に『子どもにあわせてもらえるかな』とメールをもらったので、いつでもどうぞと」。前向きな離婚を強調し「出発であって終点ではない。私も家庭を守るためにこれから働かないと」と気合を入れた。
 東の今後について「新しい家庭がしっかりしてればいいんじゃないですか」と不倫をにおわす意味深発言も飛び出したが、すぐに不倫は否定。「私も恋するかもしれないし」と左手薬指の指輪を輝かせ、笑顔で会見を終えた。

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2006.03.01

荒川、視聴率でも「金」43.1%

トリノ五輪はトリノ市内のコムナーレ競技場で閉会式を行い、17日間の熱戦の幕を閉じた。日本唯一の金メダルを獲得したフィギュアスケート女子の荒川静香=プリンスホテル=は“主役”らしく肩車で登場。競技を生中継したNHK総合テレビの瞬間最高視聴率が驚異の43・1%(ビデオリサーチ調べ)を記録したことも分かり、感動を巻き起こした女王は称賛の中で凱旋する。
 フィナーレのヒロインも、やっぱり彼女だ。開会式とは違い、他国の選手と入り乱れながら入場した日本選手団。一行の上に体ひとつ飛び出した女子選手が、注目を集めた。フィギュア・アイスダンス代表の木戸章之に肩車され、笑顔でドーナツ形の金メダルを掲げる。30年ぶりメダル0のピンチから日本を救った荒川だ。「氷上のプリンセス」と地元紙に称された姿を、海外選手たちもまぶしそうに見上げた。
 「エンジョイできました。大会前は、何とか特別に記憶に残る大会になればいいと思っていたので、そうなってよかったです」。その言葉通り、最高の大会になった。
 銀盤の女王。閉会式で女王。そして、視聴率でも女王に輝いた。この日発表された数字は、度肝を抜くものだ。生中継したNHK総合テレビの瞬間最高視聴率は、いずれも表彰式の時間帯で関東地区が午前7時11分の43・1%、関西地区が同7時10分の36・7%。地元開催で注目度が高かった98年長野五輪では、ジャンプ団体の金メダル劇が42・1%を記録しているが、それを塗り替えた。
 平均視聴率も驚異的だ。荒川が演技して金メダルを決めた午前6時からの1時間番組は関東31・8%、関西27・6%。同7時以降は、関東が75分間の番組で30・2%、関西が50分間の番組で28・3%。早朝から期待を膨らませて待ちわびた国民を、テレビにくぎ付けにさせた。
 それだけではない。CMでも堂々の女王ぶりだ。世紀の金メダル劇以降、CM出演している「金芽米」への注目度が急上昇。発売元のトーヨーライス社(本社・東京都)のホームページ(HP)には、24日だけで通常の50倍に上る50万件以上のアクセスが殺到した。HPを通じての注文は、27日までの3日間で2か月分の売り上げ件数を超える250件に。同社社員は「大変な反響」と言う。契約は当初3月までだったが、延長も視野に検討していく方針だ。
 「楽しいオリンピックでした」と振り返った荒川。歴史に名を刻み、思い出を胸に刻んでトリノに別れを告げ、オンリーワンの女王が凱旋する。

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2006.02.28

亀田大毅23秒KOド派手デビュー

0228見たか! やったで! 23秒KOや―。“浪速の弁慶”亀田大毅=協栄=がデビュー戦で23秒の電撃KO劇を演じた。注目の初戦で、大毅はサマート・シットサイトン=タイ=に1回23秒KOで完勝。03年12月にデビューした兄・興毅の44秒を上回るという公約を果たし、試合後のリング上で歌まで熱唱するド派手な初陣を飾った。次戦は4月17日に後楽園ホールで韓国ランカーとの対戦が決定している。
たった4発だった。大毅はガードを固めて突進し、左フックでサマートの顔面を捕らえた。続けて右ボディーから右フック。最後は左フック。わずか10秒でダウン、そのままカウントアウト。23秒だ。興毅の44秒を上回る電撃KOに、涙がにじんだ。「最高の感触や。ズコーン! バコーン! バッホーンや! この感触は忘れられへんわ」擬音の連発が、23秒の興奮と感動を物語っていた。
 見せ場はここで終わらない。「歌もあるから」とスタンドマイクの前に立つと、場内は暗転。スポットライトが当たる中、ハウンドドッグの「ONLY LOVE」を熱唱した。歌声披露は2分30秒。「試合より歌の方が長いやん」2900人の観衆を前にした“亀田大毅ワンマンショー”を上機嫌に振り返った。
メーンイベントにテレビ中継。花道にはニックネームの「浪速の弁慶」にちなんだ橋までセットされた破格デビュー。周囲の大騒ぎにも「お兄ちゃんがおるから注目されとるだけ」と冷静だった。幼いころから不器用で、亀田家の問題児。04年秋のアマチュア最後の試合では、ふがいない試合ぶりに「亀田家の恥や」と父・史郎さん(40)から会場に置き去りにされた。転機は昨年秋。1月10日のプロテストを控え、父、兄弟にも黙って両足に5キロの重りを付けて走り始めた。「同じことをやってては兄貴より上に行かれへんからな」プロの自覚が、ド派手デビューにつながった。
 相手のレベルが低かったとの声もある。ただ、重圧の中で公約通り兄を超える23秒KOを決めるのは並大抵ではない。2戦目は、早くもランカーとの対戦。韓国フライ級8位の李元熈と顔を合わせるが「オレのスター性にかかっとる」とサラリ。初陣で見られなかった真価が、聖地・後楽園で問われる。

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2006.02.27

野間口がイチロー斬り

0227野球の国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」に出場する日本代表の壮行試合第2戦、対12球団選抜戦が行われ、巨人・野間口貴彦投手が12球団選抜の先発として登板した。イチローから三振を奪い、2打数無安打に封じるなど、4回を2安打4奪三振、1失点。ストレートは最速146キロを計測するなど、G投のローテ争いへ、強烈にアピールした。
 熱くなった。スーパースターとの勝負に血液を沸騰させながら、野間口は冷静に自分を見つめていた。同点で迎えた3回1死二塁。打席には独特のフォームで構えるイチローがいた。カウント2―1。外角ギリギリに142キロの直球を投げ込んだ。見送るイチロー。球審がストライクのジェスチャーをしようとしたが、イチローの雰囲気に戸惑ったのか、ボールの判定に。それでも、集中力は途切れない。続く5球目、外角へフォークが決まった。天才打者はバットに当てたが、ボールは捕手のミットへ。三振だ。この日、指揮を執った巨人・原監督の目前で、2年目の成長を見せつけた。
 「イチローさんには打たれるイメージしかなかったけど、いい所に投げることができた。緊張したが、思い出に残る対戦にすることができた」宮崎キャンプ中も宿舎でイチローの関連本を読みまくり、アスリートとしての姿勢を参考にしてきた。直接対決であこがれの存在を打ち取り、誇らし気に汗をぬぐった。
 “夢の人”にも投げ勝った。日本代表の先発・松坂は、少年時代からあこがれの存在だった。強打者がズラリと並ぶ打線だったが、重圧を力に変え、マウンドを存分に楽しんだ。「いい緊張感で投げることができました」確かな自信を胸に刻んだ右腕。この勢いで、G投の先発サバイバルレースに生き残る。

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2006.02.26

荒川報奨金わずか500万円

0226トリノ五輪女子フィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香選手=プリンスホテル=に贈られる報奨金が、確定している分では“わずか”500万円であることが24日、分かった。日本オリンピック委員会(JOC)から300万円、日本スケート連盟から200万円の計500万円はすでに決まっているが、所属するプリンスホテルなどからの報奨金は現時点では未定。今大会初のメダルとなる貴重な「金」を日本にもたらした救世主にしては、想定外のさみしい状況となっている。
JOC300万+連盟200万 
荒川には、JOCから300万円、日本スケート連盟から200万円が規定に従って贈られることがすでに決まっている。だが、スポンサーからの報奨金は現時点ではゼロだ。
 荒川は、昨年9月から村主章枝=avex=、安藤美姫=中京大中京高=とともに、ロッテ「ガーナミルクチョコレート」のCMに出演中だ。だが、ロッテがJOCのオフィシャルパートナーである関係で出演しているもので、荒川が個別でCM契約しているものではない。ロッテ本社(東京・新宿)広報室も「荒川選手個人にお祝い金のたぐいを出すことは、今のところ未定です」としている。
 これまで五輪の金メダリストには、その名誉に負けないぐらいの報奨金が贈られてきた。その筆頭が、アテネ五輪の女子柔道48キロ級で金メダルを獲得した谷亮子だ。所属するトヨタ自動車から振る舞われた報奨金は、なんと1億円(推定)。さらに世界に1台しかないオリジナルカー“YAWARAスペシャル”もゲットした。
 また、同じくアテネ五輪で、女子マラソンで「金」を取った野口みずきは、所属していた商品先物取引会社「グローバリー」(当時)の知名度アップに大きく貢献。一時は、所属企業を退社し、ハローワークに通う生活を送っていた野口選手だったが、5000万円(推定)もの報奨金を手にした。
 荒川が所属するプリンスホテルも、報奨金を贈呈する意向だ。だが同社の渡辺幸弘社長は「考えておりますが、内容についてはこれから話し合って検討することになります」と慎重な姿勢を崩さず、具体的な金額には言及しなかった。
 今回の荒川が獲得した金メダルは、単なる「金」ではない。五輪フィギュアでの日本選手史上初の金メダルであるだけでなく、獲得メダルがゼロだと日本経済が停滞するというジンクスからも救った功績は大きい。“救世主”が手にした金メダルは、これ以上輝かないのだろうか。

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