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January 15, 2006 - January 21, 2006

2006.01.20

堀江社長絶句!元側近が自殺

ライブドア子会社の元取締役で、堀江貴文社長の側近だったエイチ・エス証券副社長の野口英昭さんが那覇市内で死亡していたことが分かった。那覇署の調べでは自殺とみられている。野口さんはライブドアグループによる企業買収に関与したとされており、今回の証券取引法違反事件解明のキーマンとみられていた人物。強制捜査に続く、突然の悲報に堀江氏の動揺は激しいという。
遺書はなし
 “ホリエモン錬金術”の草創期を知る重要な関係者が、ライブドア捜査着手から3日目の18日、自らの命を絶った。
 野口英昭さんが変わり果てた姿で発見されたのは東京から遠く離れた沖縄・那覇市のホテル。那覇署などの調べでは室内の非常ブザーが鳴りホテル従業員が客室に入ったところ、野口さんがベッドに倒れていた。病院に運ばれたが腕や手首などを切り、出血多量で死亡した。遺書はなく、近くに血の付いた小型の包丁があった。
 エイチ・エス証券人事課によると、野口さんは02年6月、同証券に入社。それ以前は国際証券(現三菱UFJ証券)に勤務後、00年にライブドアの前身オン・ザ・エッヂに入社。その後、子会社のキャピタリスタ(現ライブドアファイナンス)の取締役を務めるなど、堀江氏と密接な関係にあった。
 同年4月のオン・ザ・エッヂのマザーズ上場発表の際には、堀江氏と並んで会見に出席。今回の証券取引法違反の指示役とみられる宮内亮治取締役よりも中心的な役割を果たしたとされ、以後のライブドア急成長の原点を築いていた。
 退社後も、ライブドアによる「キューズ・ネット」などの買収で、株式を売買した投資事業組合の業務執行組合員「日本M&Aマネジメント」の親会社に当たる「エイチ・エスインベストメント」の社長を一時兼務。企業買収や疑惑の株取引にも深く関与していた。
 やはりキーマンと考えていたのか、東京地検特捜部はエイチ・エス証券と野口さんの自宅を17日に家宅捜索し、パソコンや携帯電話も押収。だが東京地検の伊藤鉄男次席検事は野口さんの死亡を明らかにし「悲しい出来事で、冥福をお祈りする」とする一方で「野口さんを調べたり、呼び出したりした事実はない」と捜査は否定した。
 エイチ・エス証券の沢田秀雄社長は記者会見し「痛恨の思いだ。ライブドア関連の調査委員会を設け、全容解明に努めたい」と声を詰まらせながら話した。出社した17日夕は通常通り退社したとしており、自殺の経緯は分からないという。
 野口さんの周囲からは「なぜ沖縄に行ったのか分からない」の声が上がっており、野口さんを知る関係者も「正月明けに連絡を受けた際は『今年も頑張ります』と元気だった。それが突然なぜ…。自殺も信じられない」と衝撃を受けていた。
 堀江氏も民放の取材に対し「えー、マジかよ…。なんで…」とショックをあらわに。「長い付き合いだけど…。オレ、もうちょっと、勘弁して」と再度絶句。別の取材には「仕事を一緒にした仲間なのでショックです。1年に1回会い、年賀状を送り合う仲でした」と答えた。
 また今回の事件との関係については「死ぬような悪いことをする人物ではないと僕は信じている」と回答。「誰ももう死なないでほしい」などとも話していた。

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2006.01.19

李、巨人入団へ 原監督に直談判

ロッテを自由契約となり、巨人入りを熱望している李承ヨプ内野手が韓国から急きょ来日することが分かった。来日してすぐに原辰徳監督を電撃訪問する予定で、巨人でプレーしたい熱意が指揮官に届けば、そのまま「巨人・李」が正式誕生する見通しとなった。また、韓国メディアも李の緊急来日と巨人入りを一斉に伝えた。
 原監督、いま会いにゆきます―。 アジアの大砲、李が動いた。一時帰国している韓国から再来日。そのまま指揮官のもとへはせ参じる意向であることが分かった。首脳陣が都内のホテルで春季キャンプでの練習方針やシーズン戦略を練るスタッフミーティングの開催日。スケジュールの都合がつき次第、球団事務所または会議会場で、指揮官との“直接面談”に臨む予定だ。
 李は、幅広く出場のチャンスがあるチームでのプレーを求めてロッテを自由契約となった。その後、巨人でのプレーを望んでいることが分かると、今度は原監督が「韓国を代表するプレーヤー。非常に興味がある」と歓迎していた。
 指揮官は、李に興味を示す一方、あくまでも競争でレギュラーを決める「実力至上主義」で勝ち残るよう求めていた。自由契約から1週間ほどで実現する2人の会談。李は入団を熱望するあいさつを行い、レギュラー争いへの意欲を口にするものとみられる。
 情熱と熱意が伝わり、李が巨人側の条件も了承すれば「巨人・李」が誕生。その場で契約書にサインする可能性もある。ロッテ(2億円プラス出来高5000万円)より低い条件提示も受け入れるものとみられ、相思相愛となった巨人と李の面談が、物別れに終わることは考えにくい。
 一塁では新外国人のディロン、外野(中堅)では若手の矢野、亀井らとの激しいポジション争いが待っている。しかし、競争に勝ってスタメンに名を連ねた時、チームの打線は高橋由、阿部、清水、李ら左の巧打者がずらりとそろう。一発を打つだけではない。長打もあり、つなぎもできる。そんな真の最強打線が完成する日は近い。

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ボビー想定外の“日本一”

ロッテに「ライブドアスポーツ大賞」
渦中のライブドアから「想定外」の知らせが届いた。ロッテが堀江貴文社長率いるライブドア選定の「2005年ライブドアスポーツ大賞」を受賞することが分かった。同社関係者がロッテに選出決定を内々に通知。球団は快諾する方針だが、ライブドアは証券取引法違反容疑で東京地検特捜部の強制捜査を受けたばかり。栄えある「大賞」とはいえ、何とも複雑な受賞となった。
 球団関係者の電話が鳴ったのは、ライブドア株の売り注文が飛び交う中、同社の担当者から「ぜひ受賞していただきたい」との打診を受けた。今回が第1回となる「ライブドアスポーツ大賞」は「05年に最も輝いたスポーツ人やチームに贈られる賞」(同社関係者)。昨年末からユーザーに投票してもらい、31年ぶりの日本一を達成したロッテの受賞が決定した。
 一昨年、球界参入を目指していたライブドア。一連の球界再編の流れの中、ロッテも一時はダイエー(当時。現ソフトバンク)との合併を画策したこともあり、決して無関係ではない。まして、ライブドアに司法のメスが入った直後の知らせ。球団関係者は一瞬、戸惑ったものの、「光栄なことですし、謹んでお受けさせていただきます」と受賞を決めた。
 授賞式は26日、千葉マリンで開催される。キャンプ前の多忙な時期のため、式典は簡素に行う予定だ。ホリエモンこと堀江社長の出席予定はないという。昨年の快進撃で数々の賞を受賞してきたロッテ。渦中のホリエモンからの表彰も、連覇への活力にするつもりだ。

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2006.01.18

亀田、世界前哨戦「相撲スタイル」

0118プロボクシング“浪速の闘拳”亀田興毅=協栄=がサイパン合宿の練習を公開した。朝と夕方で4時間の猛特訓は、1日16キロの走り込みに加え砂袋を練習で使う亀田流。3月8日に両国国技館で行う世界前哨戦は、相撲スタイルでコーディネートすることも発表。大好きな相撲パワーで世界への階段を突破する。
亀田が“相撲式”で世界前哨戦へ挑む。親交のある九重親方(元横綱・千代の富士)が「試合当日に使うように」と試合道具を入れる明け荷と座布団が贈呈される。関取が土俵用具を入れる明け荷は黒地にプラチナ色で名前を染め抜いた特別注文。入場時のガウンも浴衣タイプの相撲スタイルだ。さらに国技館の外に2本ののぼりを立てる。演出面でのボクシングと相撲のコラボレーションに「亀田場所や」と鼻息を荒くした。
 3月8日はTBS系で午後9時から1時間枠の放送でゴールデンタイム初進出が正式決定。「ゴールデン亀田やな。15%は行きたいな」視聴率でも裏番組KOを予告。さらに北は札幌から南は鹿児島まで全国19都市からの応援ツアーも組まれる。「たくさんの人に見てもらいたいな」地方のファン拡大へ拳を握り締めた。
 この日、WBCが選ぶ05年の新人賞を日本人で初受賞した。「さすが亀田興毅やな。そやけど来年はMVPや」両国での相手がこれまで同様、直前まで決まらないのが不安だが「誰が相手でもオレのボクシングをするだけ」恐れるものは何もない。すべての野望達成へ、相撲の聖地・両国を出発点にする。

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2006.01.17

田口が落合監督に突撃弟子入り

0117カージナルス・田口壮外野手が“落合道場”に突撃弟子入りした。スポーツ用品メーカー・ミズノの創業100周年記念事業「スポーツクリニック・エキシビションイベント」が東京ドームで開かれ、各スポーツのトップアスリートが講師として少年少女を指導。田口は同じく講師で参加していた中日・落合博満監督を直撃し、打撃指導を仰いだ。
 小学4年から6年までの約900人の生徒が参加したクリニックの途中、おもむろに田口が落合監督に近づいた。落合監督は言葉で説明を加えながらネットに向かってティー打撃。3冠王を3度獲得、天才と呼ばれた打撃職人のしぐさを、田口は食い入るように見つめた。
 約5分間の直接指導でも、あこがれの人からのアドバイスは田口にとって貴重なものだった。「僕の方から聞きました。めちゃくちゃ尊敬していた方ですから。内角の打ち方? それは習得したら言いますよ」内容こそ明かさなかったが、「持っている考え方など、知識を広げたいと思ってきました。超一流の頭の中が興味あって…」と満足そうに意図を説明した。
 今季の契約に関してはチームからの返答待ちの状態だが、「監督と信頼関係を築きあって自分の仕事をこなしていくだけ」と今季の抱負を語った田口。落合理論を自分のものにして、レギュラー獲得に挑んでいく。

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2006.01.16

メロ大技大成功!でも…病院直行

0116スノーボード ハーフパイプ キスマークカップ第1日
 メロ、大技国内初披露も病院直行―。トリノ五輪女子ハーフパイプ(HP)代表の今井メロ=ロシニョールディナスターク=は、決勝の1、2回とも大技エア「メロウセブン」(縦2回転半ひねり)を成功させ3位。しかし腰を痛め表彰式を欠席し病院で検査を受けた。兄・成田童夢=キスマーク=は3位、二男・緑夢=夢くらぶ=はジュニアの部を制し、3兄妹がメダルを獲得。男子は青野令=スノーフレンズク=、女子は水木奈歩=ムラサキク=が優勝。
曇り空にメロのビッグエアが浮かび上がった。観客からも「ウオー」と歓声があがる、国内お披露目で完ぺきなエアだ。もともとトリノ五輪用に開発された縦2回転半ひねりの「メロウセブン」。他のエアが乱れ3位にとどまったものの、プレ五輪を兼ねた昨季W杯(2月、バルドネッキア)で2位に入り、3位の兄・童夢と初のダブル表彰台をゲットした時以来、11か月ぶりの兄妹お立ち台をつかんだ。
 しかし、試合後の表彰式にメロの姿がない。「いいところを見せようと張り切って、左腰をひねったようだ」と全日本スキー連盟の佐々木峻スノーボード部長は説明。一人で歩けるが、大事を取ってチームドクターとともに札幌市内の病院に行ったという。15日にも試合はあるが「大丈夫だと思う」と佐々木部長は付け加えた。
 予選は大技を出さなくても、ただ一人40点台(42・6点)をたたき出す“格の違い”を見せた。同じ五輪代表の伏見知何子=アップスポーツク=がエアを失敗し6位。中島志保=ヨネックスク=は体調不良で欠場。山岡聡子=アネックスク=は参戦していないだけに、本人にとって不本意な3位も、トリノ五輪への手ごたえは十分つかんだ。
 父で、夢くらぶを主宰する隆史さんとの方向性の違いから、昨年9月に正式に“離脱”。関西や六本木ヒルズを中心に支援者も集まり、近く後援会も正式発足する。トリノ五輪へ着々と環境は整うが、一番信頼する母・多美江さんがそばにいてくれるのが何よりも心強い。「あす第2戦は勝ちますよ」とメロ。腰の具合は心配だ

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2006.01.15

石井弘「最初から出るつもりだった」

0115ポスティング問題で辞退示唆も
 3月に開催される国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」に、ヤクルト・石井弘寿投手もポスティング問題にかかわらず出場することを表明した。代表辞退も示唆していたヤクルト・石井はこの日、自主トレ先の沖縄・浦添球場で参加を正式に表明した。ポスティング問題で一時は出場が微妙となっていた守護神候補が、無事に王ジャパン入りする。
 常夏の日差しが、かたくなな心を少しほぐしてくれた。気温24度のグラウンド。キャッチボールなどで汗を流した石井が分厚い胸を張った。「最初から出場するつもりでしたし。いつまでも返事を保留しても失礼になる」球団との契約のメドが立たず、「微妙」と話した左腕が最終決断を下した。すでにWBC使用球を使って練習中。例年より早めに調整は進んでいる。
 昨オフのポスティング容認の確約を球団側が守らないとして法的手段も検討中。しかし「やるべきことは一緒」と、20日までの沖縄自主トレ中は野球に集中する。法的手段の可否も含めたリポートが代理人の水戸弁護士から16日にも届けられ、帰京する21日以降に、古田監督と会談して方向性を決めるつもりだ。
 「メジャーに行く行かないにかかわらず、WBCには出ます」と、WBCに関しては迷いを吹っ切った石井。辞退者続きの王ジャパンに久々の朗報となった。

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