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March 26, 2006 - April 1, 2006

2006.03.28

朝青龍がモンゴル決戦制し優勝

0328東横綱・朝青龍=高砂=が2場所ぶり16度目の優勝を決めた。本割では東大関・栃東(玉ノ井)に敗れて13勝2敗となり、東関脇・白鵬=宮城野=との優勝決定戦へ。がっぷり四つの大一番を捨て身の下手投げで制した。16度目優勝は歴代単独5位。13勝2敗で優勝同点の白鵬の大関昇進は確実。29日午前の理事会と夏場所番付編成会議で「新大関・白鵬」が誕生する。8勝目を挙げたカド番の西大関・魁皇(友綱)は陥落を免れた。12勝3敗の栃東は、夏場所(5月7日初日・両国国技館)へ綱取りの望みをつなげた。
わずか2場所ぶりでも、常勝横綱には優勝の味がどんなに懐かしく、いとおしかったことか。朝青龍は賜杯を抱き、観衆の前で叫んだ。「毎度、おおきに!」北新地歓楽街仕込みの大阪弁はお手のもの。「毎度」を強調するところがミソだ。
 本割では栃東にもろ差しを許し、完敗。これが春場所クライマックスへの序奏だった。初のモンゴル人同士のV決定戦へ。立ち合いは自分得意の左四つ。だが、上手に手が届かないと見切るや、右を巻き変え、勝負に出た。右四つがっぷりでは白鵬優勢。だが、寄り立てる時に腰が浮いた“新大関”を腹に乗せて、右からの下手投げが決まった。これぞ横綱相撲。
 「腰が重い相手だから出てきた瞬間に投げようと思った。負けるもんじゃないと思っていった」。重圧から解き放たれ、支度部屋では青いタオルで目頭をぬぐった。
 白鵬の成長を肌身で感じさせられた。「見た感じだけでも強くなっているな、という意識があった。下の力士に負けたくないという気持ちで先場所より元気になったと思う」。初場所と春場所の本割に続き、3連敗を喫するわけにはいかなかった。
 モンゴルのエンフボルト首相が観戦する中、同国勢で三賞を独占。幕内7人、十両2人の関取も全員勝ち越した。「大阪場所じゃなくてモンゴル場所だね。すごくいい記念になったよ」。角界の頂点に立つものとして、若手の成長は喜びだ。「時代の変わり目だね。でも、オレだってまだ25歳。若い力を引っ張るように努力していきたい」。まだまだ賜杯を譲るつもりはない。

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2006.03.27

長谷川、速さ圧倒「英雄」沈める WBCバンタム級

0327最後は1発。9回開始早々、右フックが、ウィラポンの顔面をとらえた。56戦してKO負けが1回しかないタイの英雄が立てない。8試合をした日本では、初めての光景だった。
 長谷川は序盤から圧倒した。「このために用意した武器」のボディーからフックの左ダブルを的確に当て、相手の体力を奪っていった。「ウィラポンのおかげで強くなれたから」。辰吉丈一郎ら日本人を6度破る姿を見て、尊敬していた相手に成長を示したかった。
 12回判定で王座を奪取した昨年の初対戦を「運良く勝った」とシビアに振り返っていた。「今回は相手が万全やないと意味ないから」と、敵地に乗り込んでくる前王者に、ホテルと試合会場の徒歩圏内に約600万円でわざわざ練習所を用意。望み通りいい状態に仕上げてきたウィラポンを見て「うれしい」と喜んだ。
 デビュー当初、新人戦で同じ階級に強敵がいた。千里馬(せんりま)会長が「階級を移るか」と提案したら、長谷川は「強い相手だからこそやりたい」と突っぱねたことがある。この日の防衛直後も「チャンピオンて何やろう。自分より強いヤツに、まだ会っていないだけ」。
 成長したい、そのために強い相手とやりたい。その思いが、最強の王者を育てた。すでに「(世界ボクシング協会)WBAにも挑戦したい」と、会長ら親しい関係者には漏らしている。今が旬の長谷川が望むのなら、もう一つの王座も遠い存在ではない。

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2006.03.26

竜助さん危篤!脳溢血で緊急入院

1980年代の漫才ブームで人気を博した漫才コンビ「島田紳助・松本竜介」で人気タレント・島田紳助の元相方、タレントの松本竜助さんが危篤状態に陥っていることが明らかになった。吉本興業の発表によると、竜助さんは22日夜に頭痛を訴え、大阪市内の病院に緊急入院した。脳溢血の症状があり、意識不明の状態。予断を許さない状況という。
病院関係者が 「ここ3日ヤマ」 
 元の所属事務所だった吉本興業によると、竜助さんは22日夜突然、頭痛を訴え、大阪市内の救急病院に緊急入院したという。脳出血の症状がみられ、現在は意識不明の状態。「予断を許さない状況」と文書で発表された。
 竜助さんに近い人物によると、竜助さんは22日夜に大阪市内の勤務先で倒れ、周囲がすぐさま119番。「頭がしびれる。救急車を呼んでくれ。脳硬塞や…」と、真っ青な顔でSOSを求めたという。救急車が到着するまでの間、竜助さんは目を半開きにして気を失い、いびきをかきだしたという。
 周囲からの呼びかけにも返事はなかったそうで、搬送先の病院関係者は「この3日がヤマです」と話していたという。竜助さんはこれまでに倒れたことはなく、風邪以外で休んだこともなく、頭痛などの兆候はまったくみられなかった。
 現在、竜助さんは妻、長男、長女と大阪市内で家族4人暮らし。タレント活動をしながら、約4年前からは大阪市内の風俗案内店の責任者として働いたりしていた。1980年の漫才ブームの立役者となった“紳助・竜介”を85年に解散してから、芸能界の華やかな表舞台で見ることは少なくなっていた。
 最近では2002年秋、吉本興業主催の漫才バトル「M―1グランプリ2002」に長男と漫才コンビ「松本一家」を結成して挑戦したが、予選落ち。この時には「まだまだこれから。彼の成長が僕の成長でもある」と、さばさばと話していた。

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