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January 1, 2006 - January 7, 2006

2006.01.07

タイゾー節封印 杉村議員に単独インタ

0107無責任な発言はもうしません!
 自民党の“お騒がせルーキー”杉村太蔵衆院議員がインタビューに答え「今年は無責任な発言はしません」と“タイゾー節”封印を宣言した。昨年、「国会議員は年収2500万円」発言などで一躍、人気者になったが、今年は静かな議員活動を目指し、“ステルス作戦”を貫く方針。昨年11月以来開かれていないと思われていたニートの若者を集めてのイベント「杉村太蔵が聞きたいっ!」を水面下で約20回開催していたことも明かし、「06年はコツコツ現場主義です」とした。「もう無責任な発言はしたくないんです」―。新年を迎え、議員会館で拳を握りしめた太蔵氏。06年幕開け早々、昨年、日本中をにぎわせた“タイゾー節”の封印を宣言した。
 まず、「まだ、皆さんの前で話せる政治家ではない」と自己評価。「今年もニート・フリーター対策一本に取り組みます」と抱負こそ明かしたが、政治活動の日程や場所などは今後、一切明らかにせず、報道陣シャットアウトの“ステルス作戦”で活動するという。
 昨年11月27日に第4回まで行われたが、その後、活動休止の様相を呈していた「聞きたいっ!」も、ひっそりと水面下で続けていた。「コツコツ地道にやってるんですよ。もう15回くらいは」と、そっと明かした太蔵氏。全国の若者向け就職支援施設を回っては、若者たちの話を聞く活動を続け、人知れず東京、横浜や群馬の施設を訪問してきたという。「国内に施設は90か所以上あるので、行ってみたい」と意欲満々だ。
 今後、これらの試みに取材陣を入れたくない理由について、「カメラに写りたくない若者もいる」と説明した太蔵氏だが、理由はほかにもある。
 昨年9月の奇跡的な初当選以降、大量に報道された“タイゾー節”。「年収2500万円。グリーン車乗り放題」「行ってみたいですよ料亭に」―。独り歩きした“放言”の数々に批判も集中。太蔵氏自身も7キロ激ヤセし、国民のイメージも“失言男”で定着してしまった。いくら真剣に若者の話を聞こうとしても、「あの太蔵―」とウソ臭くなってしまう現状に、殺到した正月のテレビ出演のオファーもすべて断り、年末年始は北海道旭川市の実家に帰った。
 久々の里帰りで、家族でゆっくり温泉につかった。当選直後は武部幹事長らから連日、説教を受け、人気者になって以降はイベントや選挙応援に出ずっぱり。9月以降、「休みらしい休みは3日くらい」と激白した上で「正月は休めましたよ~」と初めて笑顔も。地元でもすっかり有名人になったため、実家には親せき、友人からの電話が殺到したという。
 しばらくは「地味に地道にコツコツと」活動する予定。マスコミの取材には「そのうち話します。そう、桜が咲くころかな? 北海道と沖縄では時期が違いますが。杉村太蔵にも桜が咲いてればいいなあ」と遠くを見つめた。

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2006.01.06

曙1勝!視聴率戦争では「男祭り」吉田に勝った

0106新日本・闘魂始動東京ドーム大会
 新日本マット初参戦となった曙は新年の初戦を白星で飾り、昨年大みそかの「Kー1 Dynamite!!」の惨敗ショックを吹き飛ばした。出直しの横綱ダンスだ。K―1リングでの連敗ロードから脱出できない曙が、開き直って踊った。「最高に楽しかった」昨年大みそかの「K―1 Dynamite!!」での総合格闘技戦で、ボビー・オロゴン=ナイジェリア=に惨敗した曙が中3日で新日本に出撃。160キロ巨漢の吉江豊とのプロレス界最重量383キロタッグでヒロ斎藤、BSマシン組を蹴散らし新年を飾った。
 Dynamite!!の視聴率もこの日、発表された。TBS系のK―1では、曙・ボビー戦が瞬間最高25・8%(ビデオリサーチ調べ・関東圏)を記録。同時間帯のフジテレビ系「PRIDE 男祭り」の吉田秀彦・小川直也戦に0・5ポイント差で競り勝った。曙も「試合に負けて勝負に勝った。とにかく責任は果たした」と自信回復。K―1戦1勝7敗、総合は2敗と惨敗だが「体を張って生きていくだけだ」と開き直った。
 試合後は吉江からコンビ継続とともに、IWGPタッグ王座取りを求められ、曙も「ぜひ。給料(ファイトマネー)は体重1キロにつき5万円でお願いします」と快諾した。
 8日には全日本・大阪府立体育会館大会に出場。さらに22日のノア・日本武道館大会への出撃も熱望する曙。「目指すは人生の3冠チャンピオン」K―1で負けっぱなしでも、打たれ強さだけはだれにも負けない。
 谷川貞治イベント・プロデューサー「曙・ボビー戦がPRIDEの黄金カード、吉田・小川戦に勝ったのはうれしいが、きん差(0・5ポイント差)では勝ったとはいえない。試合の並び、構成ひとつで大きく(数字が)変わることも痛感した」

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2006.01.05

亜大、史上最大逆転V!

0105第82回箱根駅伝最終日、亜大が史上最大の番狂わせV―。トップ順大と2分51秒差の6位から復路に臨み、9区で山下拓郎(3年)が区間賞の快走を見せて首位に立つと、10区の岡田直寛(3年)も2位以下の追撃をかわして復路2位の通算11時間9分26秒。1967年の初出場以来29度目の出場で初の総合優勝を果たした。往路・復路とも優勝がない総合制覇は史上7度目で、往路6位からの大逆転劇は過去最大だった。
亜細亜、亜細亜! やったぁー!」地鳴りのような大歓声の中、アンカーの岡田が両拳を突き上げてゴールした。亜大の優勝をだれが予想しただろう。胴上げで宙を舞った岡田正裕監督(60)は「大学の指導者になって本当に良かった」と目を潤ませた。
 高校時代に実績がない「雑草軍団」。10月の出雲駅伝は8位、11月の全日本大学駅伝は11位だった。今大会も、往路、復路とも勝てなかった。区間賞も1つだけだが、各区間の2ケタ順位は20チーム中最少の2区間。予選会も含め7度目の挑戦を実らせた指揮官は「ウチの強みは粘り。目立った選手はいないが、確実につないでいく」と誇らしげだった。
 8区で益田稔(2年)が3人を抜き、2位へ。高校時代はインターハイにも出られなかった山下が9区の20キロ付近で首位・駒大を抜いた。過去2年の10区から「調子がいい。9区の区間賞を狙える」と直訴。有言実行で区間賞を獲得した。
雄たけびをあげゴールしたアンカー・岡田直  女子実業団のニコニコドーで松野明美さんを1988年ソウル五輪へ導いた岡田監督は、休部後の99年4月、亜大に赴いた。当初は「前任者を追い出した」と誤解され、退部者も相次いだが、改革を断行した。
 大学近くの武蔵野市にあった寮を西多摩郡日の出町へ移転。その30キロの道のりを走って通わせた。自身も家族を熊本に残し、選手と同じ寮の6畳1間で生活。「風呂に一緒に入ってくれるし、人生相談もできる」とエース板倉克宜(4年)。木許史博主将(4年)は「僕らは岡田ファミリーです」と絶大の信頼を置き、10区の岡田も「『3番でいい』と言われ、楽に走れた」と感謝した。
 毎年8月の熊本・阿蘇合宿では、標高670メートルの高地で1か月間に1100キロ以上を走らせた。木許主将は「つらいけど、日本一の練習をしている自信が持てる」と胸を張る。指揮官はさらに、「一人一役」という合言葉を徹底させ、「選手から外れた部員も、補助員など、互いの持ち場でベストをつくそう」と、言い聞かせてきた。
 亜大が初出場した1967年の大学3年時、主将として9区を走った。駒大もその時が箱根デビュー。「ずっとライバルと思ってきた。初めて駒大に勝てました」王者の5連覇を阻止。還暦までの契約だったが、続投は決定的だ。「上昇を続けることが大事。常に優勝争いできるチームを作りたい」Vメンバーのうち6人が来年も残る。雑草に、そう簡単には抜けない根をしっかり張らせた。
 松野明美さん (1988年ソウル五輪女子1万メートル代表)
「『今回は楽しみだ』とうかがってきましたが、まさか優勝されるとは。就任当初は予選会敗退が続き一時的に耳が聞こえなくなるほどのストレスを感じていたと聞きました。厳しすぎては学生がついてこないとじっと我慢を重、かなり丸くなったように思います。そんな苦労も報われましたね」
 ◆亜細亜大 1942年に設立された財団法人興亜協会と興亜専門学校が55年に大学を設置して現校名になった。経営、経済、法、国際関係学部の他に短大がある。陸上部は58年に創立され、60年に関東学連に加盟した。主なOB(OG)は、タレントの加藤あい、プロ野球の木佐貫洋(巨人)ら。所在地は東京・武蔵野市境。
 ◆岡田 正裕(おかだ・まさひろ)1945年7月27日、熊本市生まれ。60歳。鎮西高から亜大に進学し、箱根駅伝に2度出場。68年に地元の食品メーカー、フンドーダイに入社。10年間の現役後、同社の営業マンを経て86年にニコニコドー女子陸上部監督に就任。同部が99年3月で休部となり、同年4月に亜大監督に就任。02年大会から箱根駅伝に5大会連続出場中。家族は妻と2男1女。長男・雅之さん(33)は現役の競輪選手。

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2006.01.04

亀田宣言「アリ」になる

アリになったる!! プロボクシング“浪速の闘拳”亀田興毅=協栄=が群馬・高崎市内で新年の誓いを立てた。今年は世界へ飛躍する一年になるが「目標はアリ」と伝説のボクサー、ムハマド・アリのようなカリスマ的世界王者になることを宣言した。
 年末から山ごもりを行い、この日は高崎市の達磨寺で“吠え始め”だ。「時期がきたら、いつでも世界を取るよ。オレは取るだけやない。パフォーマンスから試合まですべて見せるボクサーになる。アリのようにな」アリは現役時代、華麗な戦いに加え、ビッグマウスとド派手なパフォーマンスで全世界を魅了。「あれが本物のプロや。カリスマやな」伝説のボクサーになると誓った。
 達磨寺ではだるまに目を入れて願を懸け、書き初めでは色紙に「世界王者」の4文字を書き込んだ。父・史郎さんは「今年はけんか魂の原点に戻らなあかん」と猛ハッパ。3月8日の世界前哨戦(両国国技館)へ5日から本格始動し、闘拳はアリへの階段を駆け上がる。
初詣でには二男・大毅と三男・和毅も帯同した。今春、デビューを控える大毅は書き初めで「全KO」と力強く記し「まずはデビュー戦で44秒を抜く。必ずやったる」と兄・興毅が記録したデビュー戦KOタイム更新へ強い意欲を見せた。08年北京五輪で金メダルを目指す和毅は「北京金」と書き初め。3兄弟の誓いに父・史郎さんは「書くことでより目標を達成せなあかんと思うんや」。

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2006.01.03

ボビー 曙に勝った

0103K-1Dynamaite!!大みそかの夜に本当に奇跡が起きた。“史上最強のド素人”ボビー・オロゴン=ナイジェリア=が、元大相撲の横綱、曙=武藤部屋=にまさかの勝利。グラウンドでのパンチでKO勝ち寸前まで追い込み、終始動き回って判定3―0で完勝した。前回のシリル・アビディ(フランス)戦に続く大勝利で、K―1、相撲をなで切り。新大みそか男に“就任”した。番狂わせだ。ド素人が元横綱に勝ってしまった。リング内はお祭り。ボビーは、相棒のタレント・アドゴニーに肩車され、勝利のトロフィーを掲げた。大声援で後押ししてくれたファンに、笑顔で勝利を報告。「大阪の皆さん、こんにちは。去年は泣きませんでしたけど、今年は絶対泣きます。いや、泣きません。早く帰りたいので。ありがとうございました」と絶叫。控室に戻ると「早く帰って初詣でに行きたい。佐野厄除け大師が待っているので」とボケで喜びを表した。
 驚異のスタミナで、曙をほん弄した。2回、曙の巨体と交錯し、お互いがリングに倒れ込んだ。素早く起き上がり、曙の顔を目掛けてキックを発射。立て続けにパンチを繰り出し、KO勝ち寸前に。ゴングでラウンドが終わったが、強さを印象づけた。「そこで決めたかったけど、時間切れになっちゃった」とKOを逃して残念がった。
 1回は、曙の223キロの巨体に圧殺されそうになった。山のような体が顔にのしかかり、窒息する危機にも「重かったというより、ワキの下の臭さが一番つらかった。そこから絶対脱出したかった」。ボケなのか、マジなのか。曙をコケにしてしまうほどの完勝劇だった。
 会見でも曙の前で大ボケ発言を連発し、「絶対につぶす」と“死刑宣告”されていた。だが、この男、なんと笑いながら入場してきた。ゴング前には下からにらみつけた。ボクシングに相撲、総合と、芸能活動の合間を縫って猛練習に励んできた自信があった。「絶対負けない覚悟で臨みました。攻めてこなかったから、もうちょっと、オレとしては来てほしかった。来たときに投げたり、倒したりしたかった」と言ってのけた。
 これでプロ2連勝。アビディ、曙と大物食いを果たし、大みそかの主役になった。「3年目は? ないと思います。怖がっているわけじゃないけど、僕はファイターじゃないから」と一度はリングに戻ることを否定した。だが「バンナがちょっかいをかけてきた。もう1回来たら、かかってこいとなるかもしれないね」と打倒バンナをほのめかした。2度あることは3度ある。この男、もうド素人じゃない。

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2006.01.02

高橋尚子が北京視野に始動

「チームQ」商標登録へ
 昨年11月の東京国際女子マラソンで復活の優勝を遂げた高橋尚子(ファイテン)が千葉県内で始動した。
 午前7時すぎに「チームQ」のメンバーと長柄町の日本エアロビクスセンター内に集合し、1時間半ほどジョギングを行った。「気が引き締まる。次のレースでやっぱり駄目かとならないよう、地面を固めて結果を出したい」と笑顔に意欲をにじませた。
 来年の世界選手権(大阪)でメダルを獲得した日本人トップは北京五輪代表に決まるため、今年の選考レースから事実上の五輪代表争いが始まる。注目される今後のマラソン出場について高橋は「五輪への筋道を逆算して考えないといけない時期。慎重に選びたい」と話した。
 マネジメント担当者によると、権利保護のために愛称の「Q」や「チームQ」、そのロゴマークを近く商標登録申請するという。今月中に国内短期合宿も計画する33歳のシドニー五輪金メダリストは「去年はスピード練習などやり残したことがある。伸びしろはある」と一層のレベルアップを期した。

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2006.01.01

大賞はホリエモン

2005年を象徴するキーマンは誰だったのか? 堀江貴文ライブドア社長が2位の小泉純一郎首相に大差をつけ「大賞」の栄冠に輝いた。そのほか「特別賞」「話題賞」「新人賞」も選出。1年を振り返った。
 04年、プロ野球参入騒動で彗星のごとく現れたホリエモンことライブドアの堀江貴文社長が、05年も話題の中心人物だった。
 社会面での登場回数(貢献度)も、2位の小泉首相を大きく引き離し、ぶっちぎりのトップ。今年序盤は、ニッポン放送・フジテレビ買収騒動。中盤は衆院選出馬。終盤は、宇宙ビジネス、日本経団連入会、そして最後は株主総会での涙…。1年を通じて、ネタはつきなかった。
 皮肉なもので、ホリエモンの露出度と、ライブドアの株価は、見事な相反関係にあった。ライブドア株が下降トレンドを描いた時期は、フジテレビ騒動、衆院選出馬の時期とばっちり重なる。今年終盤、しばらくホリエモンの姿を見かけないと思ったら、案の定、株価は右肩上がりとなった。いつしか、投資家からは「ホリエモンがおとなしくしていれば株価が上がる」とささやかれるようになった。
 今や拝金主義の象徴的存在のホリエモンだが、細かなサイドビジネスも見逃せない。英単語集「ホリタン」、栄養ドリンク「ホリエナジー」、「ホリエジーンズ」、「改革Tシャツ」など、無節操なホリエモングッズの数々。どれもこれも、結構な売れ行きだというから、ホリエモンのカリスマ性はまだまだ健在だ。
 今年もホリエモン時代は続くのか。文藝春秋1月号で、「時代を読み解くキーワード」としてホリエモンが挙げた3つの言葉が、「世界平和」「肉体と精神の分離」「宇宙」。若きカリスマは、我々の“想定外”の世界に行ってしまうかも…。
 ◆紙面登場回数などで選出 今年度、一番話題になった人物について大審委では、〈1〉紙面に登場した回数〈2〉登場記事の大きさ(トップ記事か否か)など独自の「報知ポイント(HP)」で算定。ニッポン放送買収騒動から衆院選サプライズ出馬まで、話題を提供し続けたライブドア・堀江社長が、2位の小泉首相にダブルスコアの大差をつけて頂点に立った。
 3位は楽天・三木谷社長。テレビ局買収に続き、ここでもホリエモンの後塵(こうじん)を拝す羽目に。4位は新人賞にも輝いた杉村太蔵氏、5位に村上ファンドと続き、6位にはわずか1か月ほどで爆発的な紙面登場回数を誇ったヒューザー・小嶋社長。自らを「オジャマモン」と称するなど強烈なインパクトがベスト10入りの理由となった。
 7、8位は衆院選・岐阜1区で争った佐藤、野田両氏。自民党を離れた野田氏は、ここでも刺客・佐藤氏に一歩及ばぬ結果に。以下9位は耐震偽装問題の発端となり“髪形”でも話題となった姉歯元1級建築士。10位はコロンビア号で宇宙へ行った野口さん。
 惜しくも次点は、太蔵氏の教育役を名乗るに飽きたらず、長崎県知事選にも触手を伸ばしている大仁田氏。太蔵氏に無視され続けたように、ここでも蚊帳の外に置かれてしまった。

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