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November 27, 2005 - December 3, 2005

2005.12.03

巨人に逆輸入左腕

1203
Dバックス傘下山口 育成選手ドラフト
 プロ野球実行委員会が東京・内幸町のコミッショナー事務局で行われ、今オフからの導入が決まった「育成選手、研修生」制度の諸規約が決まり、委員会後に初の「育成選手ドラフト」が開かれた。巨人、広島、中日、ソフトバンク、日本ハムの5球団が参加し、巨人は前米大リーグ・ダイヤモンドバックスのルーキーリーグ所属の山口鉄也投手を指名。また四国アイランドリーグからは愛媛の西山道隆投手がソフトバンク、同じ愛媛の中谷翼内野手)が広島から指名された。日本ハムは改めて指名選手を明らかにすることになり、7選手が育成選手第1号となった。
巨人が「育成ドラフト」で第1号として指名した山口は、米大リーグ、ダイヤモンドバックスのルーキーリーグでプレーし、9月にジャイアンツの入団テストを受けた左投手だった。清武球団代表は「このドラフトは原石を探すためのシステム。山口君を育成レベルにあると判断したので指名しました。巨人のユニホームにそでを通してやってもらいたい」と話した。
 この制度の根底には、プロ野球の底辺拡大がある。毎年、10人近いルーキーが入団し、志半ばでユニホームを脱ぐ選手がいる。「70人枠だけでいいのか、という問題です」と同代表は言う。従来のドラフトでは他の指名選手との絡みで指名漏れとなっていた選手を、育成制度で指名することも可能になった。さらに「選手育成にじっくりと時間をかけることができるし、育成から70人枠に入ることもできる。プロ野球の裾野拡大の始まりです」と同代表は説明した。
 身体能力が優れていても、けがに泣かされた選手や、俊足や強肩など一芸に秀でた選手を救済する意味合いも含まれている。巨人がこの日に指名したのは山口1人だったが、今季限りで戦力外通告し、自由契約となる平岡政樹投手、横川雄介捕手と「育成選手」として再契約する。チャンスが巡ってきた平岡は、代表からの電話にうれし泣きしたという。
 3人の背番号は100番台で、山口は新入団選手発表にも参加する。日本ハムを含めると5球団で7選手の指名しかなかったが、夢をつかむための新しい扉が開いたことだけは間違いない。
 ◆山口 鉄也(やまぐち・てつや)1983年11月11日、横浜市生まれ。22歳。池上小1年から投手で野球を始める。横浜商では3年夏にエースとなり県大会8強。2002年4月に米大リーグ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約。今年までの3年間、傘下のルーキーリーグでプレーした。今夏に帰国後は日本のプロ野球数球団の入団テストを受験。182センチ、74キロ。左投左打。家族は父・恒雄さん、母・美津子さんと兄。

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2005.12.02

新庄、Gグラブ賞行かずスニーカー賞出席

1202日本ハムの新庄剛志外野手は東京・六本木のヴェルファーレで行われたスニーカーショー「MTV THE SNEAKER SHOW 2005 supported by ABC―MART」に出席。自分なりのスタイルを確立し、若者の間でカリスマ視されているとして「BEST STYLE IN SNEAKERS」を受賞した。一方、都内で行われた三井ゴールデン・グラブ賞の授賞式は欠席。今年の成績ではふさわしくないという理由から、自らの意思を貫いた。
赤い革ジャンに黒の帽子、足元は「VANS」のスニーカーでまとめた新庄が姿を現すと、1000人が集まった会場のボルテージが一気に上がる。なぜか、棒付きのアメをなめながらの登場。お決まりの「元気ハツラツぅ?」のかけ声には、親指を立てて応え「こんにちは。オフコース!」と満面の笑みを見せた。
 会見場に移動した新庄は「メジャー行ったときに、ニューヨーカーがこういう格好で、スニーカーでチュッパチャプス! あれに、すごいあこがれてて。できたら、ラジカセも持ってきたかったんですけどね」と自らのファッションを解説。「受賞の決め手? オーラと雰囲気。それだけじゃないかと。3000年、4000年までこの賞を取り続けますよ」と笑わせた。
 一方で、都内のホテルで行われた「ゴールデン・グラブ」の授賞式は欠席。発表された際に「今年のオレのゴールデン・グラブ賞はおかしい。1年間この賞を心の中で目指して取り組んでいた選手に申し訳ない」とコメントしたように、今年の成績ではふさわしくないという考えからの辞退だった。
 スニーカーではないが、今季の球宴ではダイヤ入りのスパイクで話題を独占。来季のパフォーマンスについては「秘密です。驚かせるのが趣味なんで」といたずらを楽しむ子供のように笑って見せた。スニーカー賞の受賞も、ゴールデングラブ賞授賞式の欠席も新庄だからこそ。これからも、どこまでも自分らしく、ファンを魅了していく。

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2005.12.01

ヒューザー小嶋社長、国会でどう喝

参考人招致 オジャマ節全開
 耐震強度偽造問題を審議する衆院国土交通委員会が参考人を招致し質疑を行った。中堅マンション販売「ヒューザー」の小嶋進社長ら関係者6人が出席、責任をなすりつけ合う“泥仕合”を演じた。問題発言を繰り返してきた小嶋社長は国会でもヒートアップ。民間検査機関「イーホームズ」の藤田東吾社長の発言中、「何言ってんだよ。バカヤロー」と大声でどなるなど不規則発言連発で注意される場面もあった。構造計算書を偽造した姉歯建築設計事務所の姉歯秀次1級建築士は「精神的不安定」を理由に欠席した。
「不経済設計正しいの?」お門違い逆ギレに
「内部留保30億円しかございません」泣きも
 委員会室に怒声が響いた。問題を追及する議員の声ではない。オジャマモンこと小嶋氏の大声だった。はじめは小さく「何、言ってんだよ」。続けて「何、言ってんだよ!バカヤロー」絶叫するや、持っていた資料をたたきつけた。ざわつく議員席。委員長は「参考人に注意します」となだめた。
 小嶋氏がキレたのは、「イーホームズ」藤田社長の発言中。「偽造が明した際こちらから乗り込んで行って小嶋氏を正さなければいけない。社長に事件の重大さが、ちゃんと伝わっているのかなと思いまして…」との“藤田発言”が逆鱗に触れた形だ。
 これまで、お互いの見解をぶつけてきた2人。この日、国会の場でも激しくやりあった。偽造判明後の10月27日に関係者が集まった席で、藤田氏が事実の公表を主張したところ、小嶋氏から「公表すればどんな弁護士を使ってでもたたく」と圧力をかけられたことを告白。これに対し小嶋氏は「公表には時間が必要と言っただけだ」などと反論した。
 テレビで生中継され、全国の住民らが注目した今回の委員会。小嶋氏だけは“エンジン全開”だった。「設計事務所にコストダウンの圧力をかけたことがあったか」の問いに、「反対にコストダウンが悪いのであれば、『不経済設計をしろ』、『コストアップをしろ』というのが正しいのですか」と、お門違いの“オジャマ節”で逆切れ。
 民主党の三日月大造衆院議員が、国交省が今回の問題について、HPで公開している資料をもとに質問した際には、「国交省もいい加減にしてほしいですね、まったく」と絶叫。委員長から「感情で答弁しないように」となだめられる場面もあった。
 一方で、「内部留保は30億円しかございません」と弱気に告白。今後の対応について「全部で販売したマンションは120億円弱。一度に解約に応じるといいましても、物理的に金銭的にできない」とした。
 委員会後、数人の衛視にがっちりガードされ、無言のまま国会を後にした小嶋氏。傍聴にきていた住民も「小嶋社長は、人のことを『頭のおかしい人』などと言っていたが、あの人がおかしくなったのでは。もう、きちんと話ができる状況ではない」とあきらめ顔だった。

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2005.11.30

栂野 クルーンに挑戦状

1130巨人が大学・社会人ドラフト3巡目で指名した新日本石油ENEOS・栂野雅史投手が東京・文京区内の東京ドームホテルで仮契約に臨み、契約金1億円、出来高5000万円、年俸1500万円の最高条件でサインした。背番号は「27」。晴れて巨人の一員となったMAX149キロ右腕は、日本最速を目標に誓った。
 運命の日から10日目。栂野の口から巨人愛に満ちた言葉が飛び出した。「今は、巨人でやってやろうということしか考えてません」一時は横浜を志望していたが、24日の指名あいさつで進路は決まった。「原監督から直接電話をいただいて、胸に響きました」指揮官の愛をしっかりと受け止めた。
 直球が最大の武器と自負する剛腕は、もちろん球速にこだわる。「どうせ出すなら日本最速を目指して頑張りたい」と最速更新を目標にあげ、横浜への未練を断ち切ってハマの守護神・クルーンに挑戦状を叩きつけた。
 今では志望していた球団と相対する姿さえ、脳裏に浮かぶ。「対戦が楽しみ。もしデビュー戦が横浜となれば運命的ですね。少しでも早く1軍に上がりたい」育った神奈川への恩返しは、161キロ男・クルーン超えの雄姿を見せることで果たす。

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2005.11.29

三木谷社長涙の謝罪「私の不徳」

1129来季J2に降格する神戸の三木谷浩史社長が、サポーターに涙の謝罪をした。ホーム最終戦となる広島戦後、シーズン終了報告を行い、ピッチ上のマイクの前でハンカチで目頭を押さえ「すべては私の不徳の致すところ」と、頭を下げた。突然の出来事に、場内は拍手とブーイング半々で包まれた。試合は2―3で広島に敗れ、神戸ウイングでは今季1勝のみに終わった。
名物社長が、ハンカチを取り出し、目頭を押さえた。「選手の皆さんと監督は頑張ってくれました。すべて、私の不徳の致すところです。すべての責任は、私にあります。来年1年で(J1に)戻って来られるよう頑張っていきたいので、応援よろしくお願いします。本当にすいませんでした」サポーター席からはブーイング。メーンスタンドやバックスタンドからは、拍手がわき起こった。
 今季の年間予算23億円は、J1で決して多い方ではなかった。「必要なところにはお金を使う。無駄遣いはしない。今年は無駄遣いが多かったかな…」と度重なる指揮官交代劇を反省した。
 三木谷社長が描く新ヴィッセル像は、対戦相手の広島だ。ベンチ入りメンバーにユース出身者が6人。「外から選手を取ってきてのモデルはうちで通用しない」と育成型チームへの変革の重要性を痛感した。
 来年が厳しいことは、承知している。過去J2に落ちて1年で戻れたのは、延べ10チーム中、4チームだけ。「J2もレベルが低いわけじゃない。必死にやらないと、戻って来られない」と悲壮な決意。安達GMには、「長期的視野に立って、しっかりやって欲しい」と伝えた。
 将来的には、社長の座も禅譲する。クラブの全権を任せられる人材が育てば、「社長職から外れる方がいいと思っている」と口にした。J1復帰へ、来年は我慢の一年になる。

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2005.11.28

清原オリックス決断

1128巨人を自由契約になる清原和博内野手の獲得を目指すオリックス・小泉隆司球団社長が清原側から2度目の交渉を申し入れる連絡があったことを明らかにした。詳細な日時は設定されていないが、清原側から交渉の再開を求めてくるのは初めてで、オリックス入りを決意した可能性が高いとみられる。年内に「オリックス・清原」が誕生することが確実となった。
小泉球団社長によると、清原の関係者から数日前に交渉の窓口となっている、横田昭作球団本部長補佐に「そろそろ会いましょう」という電話があったという。当初は24日にも2度目の交渉の設定を調整したが、結局は日程が合わずに断念。だが、連絡があったことを伝え聞いた中村勝広監督は「アクションがあったということは、いいニュースだ」と、喜んだ。
 オリックスと清原は、10月13日に都内で初交渉を行った。だが、その後は清原側から「もう少し時間が欲しい」と、条件提示を前提とした交渉が、6週間も見送られてきた。巨人のユニホームを脱ぐことが決まり、清原自身に気持ちを整理する時間が必要だったと見られる。だが、出席しなかったとはいえ、25日に巨人の球団納会が終わったことで、清原は気持ちに区切りをつけた模様だ。
 「11月末までは巨人に保有権があるから、配慮していたんじゃないかな。クリスマスプレゼントになる可能性も出てきたな」と、中村監督はスーパースターの心境を察する。両者の日程さえ合えば、早ければ週明けにも2度目の交渉が行われる。待ちに待った連絡で、止まっていた時間がついに動き出した。

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2005.11.27

キューバ06年3月WBC参戦

カストロ議長明言「挑戦受けて立つ」
 アマ球界の王者キューバが、来年3月に米国を中心に行われる国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)に参加することになった。同国のフィデル・カストロ国家評議会議長が、テレビで認めた。昨年のアテネ五輪で金メダル、今年9月のW杯でも9連覇を達成したカリブの雄が、メジャーリーガー相手に真の“世界一”に挑む。
 約5時間のテレビ出演で、カストロ議長が言った。「もちろん、挑戦を受けて立つ。我々に期待してほしい」大会を機に選手が亡命する懸念もあり、商業的な野球大会なら参加には同意できない、と出場するか否かを表明していなかったWBCに対し、79歳のリーダーが堂々と参加を宣言した。
 カリブ海に浮かぶ人口約1130万人の島国に、米国人によって野球が伝わってから、およそ150年が経過した。その間にメジャーでは150人あまりのキューバ出身選手が誕生した。しかし、カストロ議長は、コントレラス投手(Wソックス)やヘルナンデス投手(ナショナルズ)らの亡命者を批判。「1人の選手が(大リーグに)流出しても、10人のもっといい選手が出ている。いなくなった者たちよりいいチームを編成する」とWBCには自国でプレーする選手だけで参加することを示唆した。
 パナマやオランダ、プエルトリコとともにC組に入っているキューバは、2次リーグまでプエルトリコで戦う。だが、決勝トーナメントに進出すれば、1999年5月にボルティモアでオリオールズと交流試合を戦い、12―6で勝って以来、約7年ぶりに米国内でプレーすることになる。過去3度も五輪で金メダルを獲得した強豪が、「ワールド・チャンピオン」の称号を狙う。
 ◆キューバ代表 五輪は1984年ロサンゼルスと88年ソウルは不参加。92年バルセロナと96年アトランタと2連覇。00年シドニーは宿敵・米国に決勝で敗れて銀メダルだったが、昨年のアテネ五輪では豪州を下して3度目の金メダルを獲得。大リーガーが参加していないW杯では、今年9月のオランダ大会まで9年連続25度優勝している。

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