« September 25, 2005 - October 1, 2005 | Main | October 9, 2005 - October 15, 2005 »

October 2, 2005 - October 8, 2005

2005.10.08

原監督の決意!新背番「88」

1008巨人・原辰徳新監督の来季背番号が「88」に決定したことが明らかになった。第1次政権時代の「83」からの変更。「原ジャイアンツの色を前面に出す」との決意から、現役時代の「8」を重ねた。25日から始まる秋季キャンプで披露される。また、15日から3日間、宮崎で行われている2軍のフェニックスリーグを視察することも決まった。
背中にも、巨人再建への熱い魂は宿っている。注目される原新監督の来季背番号が「88」に決まった。就任会見で「原ジャイアンツの色を前面に出して戦っていく」と宣言した通り、現役時代の背番号である「8」を重ね、チームを「原色」に染め上げる強い決意の表れだった。偶然にも、前指揮官・堀内監督の番号を引き継ぐ形になった。
 背中には、常に意思があった。1999年からの野手総合、ヘッドコーチを務めた3年間は「80」だった。「現役時代の8番に“ゼロから長嶋監督を支える”という思いを加えたかったから」と説明。そして、ヘッドからの「昇格」の意味合いが強かった2002年からの第1次政権時代の「83」は「長嶋監督の教えを継承し、伝統ある巨人軍の一員として、はぐくんでいく」と「8」にミスターの永久欠番である「3」を加えた。
 3シーズンぶりに復帰する今回は、未曽有の危機にあえぐジャイアンツ再建を託された。実は99年秋のヘッド就任時にも「もしも監督を任される時がくれば、88番にしようと思う」と末広がりの意味をも含む番号を思い描いていた。機は熟した。長年、温めてきた構想を、ついに実現する。
 この日は午後から巨人の球団事務所に姿を見せ、その後、就任一夜明け会見に応じた。「動かなきゃいけない。決めなきゃいけない。そういったものが増えていく。そっちの方に追われていく」感傷に浸っている暇はないと強調した。背番号に関しては「まだ決まっていないのが現状です」としながらも、すでに決意は固めているようだ。
 7日に第2次原内閣の新スタッフが発表される。「キャンプからユニホームを着て、チームの監督としてしっかり合流する」と新背番号のお披露目は宮崎秋季キャンプ初日の25日が濃厚となった。巨人軍第14代監督は、指揮官としての信念の象徴である「88」を背負い、ファンが熱望する再建への旅に出る。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.10.07

原新監督「愛情」「情熱」「分かち合い」

10073シーズンぶりに巨人のユニホームを着ることになった原新監督は滝鼻卓雄オーナーとともに都内のホテルで就任会見に臨んだ。3年連続で優勝を逃し、最終戦も敗れ、球団史上ワーストの80敗を喫して5位に沈むなど、創設以来の危機にあえぐジャイアンツの再建を託された47歳の指揮官は「愛情、情熱を持って最高のチームをつくり、みなさんと喜びを分かち合いたい。分かち合えるのは優勝すること」と決意表明した。
大きなせき払いを一つして、原新監督はピンと背筋を伸ばした。ひな壇で、フラッシュの嵐を浴びた姿は凛としていた。「再び監督として巨人のユニホームに袖を通すことになりました。前回、指名を受けた時も責任の重さを強く感じました。2年という月日が流れ、さらにその気持ちは強く大きくなっています。巨人に対する愛情、情熱、そして責任の重さを背負って、最高のチームをつくりたい。みなさんの前で声を大にして言いたい」約200人の報道陣が見守る中での、堂々たる決意表明だった。
 今季、チームは開幕から低迷。シーズンワースト黒星を記録する大惨敗だった。滝鼻オーナーいわく「球団創設以来の危機」。そんな巨人を救うため、再び白羽の矢が立った。この日、正式要請を受諾。晴れ舞台に帰ってきた。「幾多の試練を乗り越え、みなさまと分かち合いたい。分かち合うということは、強いチームをつくるのはもちろん、何よりも優勝だと思っています。優勝に向かって監督として全身全霊、全知全能をかけて戦い抜いていきたい」どん底のチームを立て直す―強い気持ちが、言葉の端々から伝わってきた。
 2003年9月26日。志半ばでユニホームを脱いでから、740日が経過した。ヘッドコーチからの「昇格」だった前回とは違い、ネット裏から冷静に愛する巨人を見つめ直した。「この2年間で自分の視野が広がった。原ジャイアンツの色がしっかり出せるという気持ちが前回より大きい」会見で3度、繰り返した「愛情、情熱、分かち合い」をテーマに「強いジャイアンツ」、「戦う集団」をつくることしか頭にない。だから退団のきっかけとされたフロントとの確執が取りざたされても「わだかまりは全くありません。自分の中では非常に小さなもの」と一蹴した。
 「オーナーには僕を守って下さい、とお願いした」と原新監督は明かした。「巨人の将来をかけた重大な監督交代人事」(滝鼻オーナー)。契約年数は現段階では決まっていないが、チーム立て直しを託す以上、複数年を前提に、長期政権も視野に入れながら正式に決めることになる。
 歴史的大敗を喫したジャイアンツの再建は、47歳の指揮官に託された。「先を見据えるよりも、一歩一歩、足元を固めていけば、すべていい方向にいくと思っています」95年10月8日の現役引退式で「夢の続きがあります」と話し、その後はサイン色紙に「夢進」という造語を書き続けた。さあ、夢に進もう。「愛情、情熱」を持ち、みんなで優勝を「分かち合おう」。夢とは、強い巨人を取り戻すこと、覇権奪回にほかならない。「常勝軍団」復活へ、第2次原巨人が動き出した。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.10.06

辻内、生涯巨人

1006メジャーも他球団も興味なし!ユニホーム「ずっと着ていたい」
 巨人から1巡目指名された156キロ左腕、大阪桐蔭・辻内崇伸投手がドラフトから一夜明けた4日、大東市にある同校で会見し、生涯“巨人一筋”でプロ野球人生を歩んでいくことを表明した。あこがれのユニホームに袖を通したときをイメージし「ずっと、やりたい。着ていたいです」と宣言。メジャーや他球団への移籍は目もくれず、原新監督の就任を前に「ジャイアンツ愛」をアピールした。辻内は今後、22日から行われる岡山国体へ向けて、本格始動する。
超高校級左腕が巨人へ―。明るい話題が列島を駆け抜けて一夜明けたこの日、辻内は中日から1巡目で指名されたチームメート・平田とともに同校の校舎内にある会議室で会見に臨んだ。その中で巨人ファンを泣かせるセリフを口にした。
 「巨人以外のユニホームを着ることを僕は考えていないです。巨人でずっとやりたい。着ていたい」言葉数の少ない辻内が驚くほどはっきりした口調で宣言した“生涯巨人”。かつては当り前だったそんな考え方も、FAやポスティングを生かしたメジャー移籍が一般的になった今ではむしろ新鮮に聞こえる。
 同じジャイアンツ愛を持った一人の先輩に感銘を受けた。辻内が相思相愛の巨人から指名を受けた直前、都内の球団事務所で引退会見を開いた元木だ。1年浪人してまで入団したチームから戦力外通告を受けた後、抜群の野球センスを買われオリックスなどから誘われていた。にもかかわらず、潔く引退の道を選択した。記者会見で生涯巨人にこだわったその姿に胸を打たれ、同じ道を歩むことを決意した。
 幼少時代から大ファンだった巨人からの指名。「昨日のドラフトで僕の人生が決まったんだなって思うと…とてもいい日だったと思います」指名後は自宅で大好物の寿司(すし)を食べ、家族でお祝い。祝福の電話やメールが鳴りやまなかった。
 そしてこれからへ、夢は広がる。「小さい時からテレビで見ている人が間近で見られるんでうれしいです」と、入団後、高橋由や小久保と対面する日を心待ちにしている。
 辻内は22日から行われる学生最後の公式戦・岡山国体に向けて、同校グラウンドで本格始動する。その日はチームも、ジャイアンツ愛を掲げる「原巨人」がスタートする日だ。もし監督が国体に視察に訪れるようなことがあれば「自分なりに意識せずに投げたい」と胸を躍らせた。こんな選手を待っていた。新時代のスターの長旅が幕を開けた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.05

当たり気づかず…でも堀内監督大仕事

1005新巨人の星、辻内誕生―。高校生を対象としたプロ野球新人選択会議(高校生ドラフト)が東京・港区の新高輪プリンスホテルで行われ、注目の156キロ左腕、大阪桐蔭・辻内崇伸投手の交渉権は、巨人が獲得した。1巡目指名でオリックスと競合。抽選で中村勝広GMが当たりくじを引いたと勘違いするハプニングもあったが、結局、堀内恒夫監督が引き当てた。巨人は大学・社会人ドラフトの希望入団枠で、東北福祉大の最速153キロ右腕、福田聡志投手の獲得も内定。初の分離ドラフトで、2世代の目玉選手の両獲りに成功した。
当たりくじを手にしながらも、それに気づかず、一度は返そうとまでした。「オリックスの中村GMが手を挙げていたから、向こうが当たったのかと…」堀内監督が肩を落としながら席に戻り、もう一度中をのぞくと「交渉権確定」の文字が見えた。「これで外れなのか。おかしいなとは思ったんだ」前代未聞の珍事に苦笑い。「最後にひっくり返って獲れて、人生のツキはまだあるのかなと思ったよ」と大きく胸を張った。
 実は、最後までくじを引くことには消極的だった。だが前夜に清武代表に懇願され、この日、朝になって決断した。ふだんは食の細い堀内監督が、昼食にクリご飯をおかわりし、会場入りする際には「行くぞっ!」と気合を入れた。抽選箱の中に手をいれ、最初に触れたくじを回避して、当たりくじを引き出した。「分かっていたらガッツポーズして走り回ってたかもしれないよ」珍パフォーマンスができなかったことだけは心残り?のようだった。
巨人の渡辺恒雄会長は都内で会食後、高校生ドラフトについて「良かったねえ。堀内監督がいい仕事? 最大の置き土産だ」と、くじで辻内を引き当てた指揮官をたたえた。また、滝鼻卓雄オーナーも笑顔で、来季のスタッフについては「前から言っている通り5日にはっきりさせます。コーチスタッフは2、3日遅れると思う」と、改めて話した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.04

ドラフト 辻内は巨人へ

1004事務局の不手際で交渉権獲得チーム間違える
高校生を対象にしたプロ野球新人選択会議(ドラフト会議)が東京都内のホテルで開かれ、150キロ超の剛球左腕、辻内崇伸投手(大阪・大阪桐蔭)には1巡目で巨人、オリックスの2球団が競合し、抽選で巨人が交渉権を獲得した。
 広島、楽天が競合した大型左腕の片山博視投手(兵庫・報徳学園)は楽天が当たりくじを引き、ソフトバンクと日本ハムが希望した台湾人留学生の陽仲寿内野手(福岡・福岡一)は日本ハムが交渉権を得た。
 辻内投手はオリックス、陽内野手はソフトバンクが交渉権獲得といったん発表されたが、その後訂正されるハプニングがあった。
 今年からドラフトは年2回の新制度になり、大学・社会人対象の会議は11月18日に行われる。
 巨人1巡目・辻内崇伸投手(大阪桐蔭)「オリックスから巨人に変わって、びっくりした。小さいころから巨人ファンだったので、夢がかなって、うれしい。入団の意思はあります」
 ヤクルト1巡目・村中恭兵投手(東海大甲府)「1巡目指名は名誉なこと。古田選手に球を受けてもらいたい。目標は巨人の工藤投手のような息の長い選手。辻内選手と対戦したい」
 ソフトバンク1巡目・荒川雄太捕手(日大高)「ソフトバンクはトッププレーヤーがたくさんいるチーム。(城島捕手は)目標にしているし、いつかは追い越さないといけない。死に物狂いで頑張る」
 西武1巡目・炭谷銀仁朗捕手(平安)「うれしい気持ちでいっぱい。松坂投手の球を受けてみたい。(平安OBで元広島捕手の)衣笠さんのように僕も鉄人と言われるように頑張る」
 楽天1巡目・片山博視投手(報徳学園) 2チームから指名されたことに感動した。楽天はファンを大切にする素晴らしいチーム。ソフトバンクの松中さんと対戦したい。
 横浜1巡目・山口俊投手(柳ケ浦) うれしく思います。三浦投手を目標に、先発ローテーションに入って球団を支えたい。1年目から1軍で投げて新人王を取りたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.03

清原、オリックス入り!

「野球人生関西で終えたい」
巨人・清原和博内野手のオリックス入りが決定的になった。巨人は清原の自由契約を発表、退団が正式に決まった。すでに獲得表明しているオリックスに加え、楽天、西武が名乗りをあげたが、この日、オリックスの球団首脳がスポーツ報知に取材に対して「獲得できる可能性が高まった」と明言。清原自身、「(現役の)最後は関西で野球人生を終えたい」と話していることから、公式戦全日程終了後にも「オリックス・清原」が誕生しそうだ。
カリスマプレーヤーの移籍先が、具体的に見えてきた。巨人はこの日、清原の自由契約を正式発表。既に9月29日、オリックス・仰木彬シニアアドバイザー(SA、前監督)が獲得を明言しており、楽天、古巣・西武も名乗りを上げたが、いち早く意欲を見せていたオリックスが移籍先として濃厚になった。
 仰木SAは「関西で旋風を起こすのが清原のため。また『とらや』の羊かん持って、岸和田のかあちゃんのとこに行かなアカンね」と話すなど、熱烈なラブコールを送っていた。この日までに、オリックスの球団首脳は「獲れる可能性が非常に高まった」と明言。清原獲得の手応えを感じ、入団が秒読みであることを明らかにした。
 2年越しの恋だった。昨年、移籍か巨人残留かで悩んでいた清原に対し、仰木監督(当時)は禁止されているタンパリング(事前交渉)すれすれのタイミングで熱意を伝えた。最終的に巨人残留を決めた清原だが「あれ(ラブコール)はホンマうれしかった」と振り返るなど、オリックスに好印象を抱いたようだ。しかも今年、再度のラブコールに、心が揺さぶられない訳がなかった。
 清原は複数の親しい関係者に「最後は関西で野球人生を終えたい」と話している。一方で楽天の新監督就任が決定的な野村克也・シダックスGM兼監督が「ピアスは野球に関係ないやろ。勘違いしとる」と話し、清原獲得の条件として“脱ピアス”を示唆したことに強い不快感を示したとされる。古巣・西武からの勧誘はあくまでフロント主導であり、若手への切り替えを断行中の現場サイドは消極的とも言われる。これらの条件から考えても、来季21年目を迎える清原が集大成の舞台としてオリックスを選ぶのは自然だろう。
 清原は球団広報を通じて「現役は続けたい。これからは自由に交渉させて欲しい」とコメントした。移籍先はあくまで本人の意向が最優先される。オリックス・中村勝広GMも「これで正式に動ける。仰木SAを窓口に、相談しながら前に進んでいきたい。条件面に関してはまったく決まっていないが、彼は存在感、話題性もある。関西の阪神ファンもこっちに来てくれるかもしれない」と話し、改めて最大級の賛辞を送った。
 オリックスのためだけではない。絶大なる支持と人気のある清原は、プロ野球界全体を盛り上げるためにも不可欠な存在。「オリックス・清原」が誕生すればパ・リーグの目玉になる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.02

三木谷オーナー15億円  清原争奪戦

1002楽天の三木谷浩史オーナーとシダックスの志太勤会長のトップ会談が東京都内で行われ、シダックスの野村克也GM兼監督の楽天監督就任が事実上、決まった。会談後、三木谷オーナーは、野村新監督が熱望する巨人・清原和博内野手の獲得について、正式にGOサインを出した。さらにオリックスとの争奪戦を制するため「いくらでも出す」と宣言。総額15億円を用意して、清原をはじめとした大補強を敢行して新監督を全面バックアップする。
三木谷オーナーは志太会長との会談後、東京・六本木ヒルズの本社でシーズン総括記者懇談会を開き「志太会長に仁義を切ってきました」と監督就任要請を行ったことを報告。野村氏について「現場から推す声が強かった。短期的な結果よりも仕組み作りが大事」と言い、70歳という高齢については「えらい元気やな。まだまだできるな」と複数年、指揮がとれると判断。4日の正式発表、5日の秋季練習視察へ向け、シダックス側との調整に入った。
 そして野村監督がラブコールを送っている清原の獲得については「新聞で読んで知っているが、新監督の意向が一番重要」と、初めて獲得に乗り出すことを表明。「大物選手はサッカーで痛い目にあってる(J1神戸でのイルハン)が、現場から上がってくれば原則イエス。清原の印象? オーラがすごいですね」と評価。トルコ代表の天才FWに、大金を投じながら、出場わずか3試合で帰国。そんな「イルハン・ショック」を乗り越え、再び大物獲得を決意した。
 補強費については「昨年プラス10億円。年齢的に厳しい方々の年俸を引いて15億円ぐらいかな。いい選手がいればいくらでも出す」と大盤振る舞いを予告。新規参入が承認された昨年は“10億円ポケットマネー補強”を公言しながら、結局、実現せずに終わったが、今年は違う。
 チームはシーズン97敗した一方で、初年度の黒字経営を実現させ赤字予測額の15億円が浮いた形となった。それをそのまま来季の補強費に充てることを決めた。これで同じく清原獲得を正式に表明したオリックスとの争奪戦を制し、さらに大物外国人の獲得など、野村監督をバックアップするため大補強を敢行する。
 また初代監督の田尾安志氏を解任したことによる地元の反発を痛感しており「オーナーを辞めようとも思った。大きな責任は僕にある。今年よりいい成績でないとファンが納得しない」と東北のファンの失望を埋める意味でも、大物選手の獲得が必要と訴えた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 25, 2005 - October 1, 2005 | Main | October 9, 2005 - October 15, 2005 »