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September 25, 2005 - October 1, 2005

2005.10.01

竹中経済相、阪神V独占手記

1001改革なくして常勝なし!
「いまこそ、連覇当たり前の常勝タイガースへ」―。政界きっての熱狂的阪神ファンである竹中平蔵経済財政・郵政民営化担当相が、スポーツ報知に独占手記を寄稿した。先の衆院選では小泉構造改革の“顔”として全国の激戦区を遊説。「私にとっての聖地」という甲子園にも立ち寄り「圧勝パワーをもらった」という竹中氏。阪神ナインに「改革なくして常勝なし。自分に厳しい、勝利に安住しない改革を続けてほしい」と激励の言葉を贈った。
阪神タイガース・セリーグ優勝おめでとうございます! 次は日本一!
 昨年の参院選中同様、今度の衆院選中も私にとっての聖地・甲子園に行き、あの熱気で勝たせてもらいました。とくに、今年9月1日(中日との首位攻防戦)はタイガースにとっての天下分け目の決戦日、私も、甲子園球場前で演説したときに応援団の皆さんから天下分け目の圧勝パワーをもらいました。あの日から政治の流れも圧勝に向かったように思います。
 タイガースは私に勇気を与えてくれました。21世紀を迎えたとき、タイガースも日本経済も、必ず厳しい冬の時代を抜け出すことができると私は信じていました。そしてタイガースでは知将・野村監督、炎の魂を持つ星野監督、人を引っ張る力を持つ岡田監督3代が改革を続け、いまや、常勝タイガースの基盤が築かれたように思います。そして、日本経済は小泉構造改革の結果、日本経済活性化への基盤が築かれようとしています。
 さて、優勝する年のチームには日替わりヒーローが誕生し、毎回の試合にドラマとその主人公がいるもので、誰がタイガースのMVPかというのは、なかなか贅沢(ぜいたく)な悩みであり、楽しみです。しかし、いえることは、心身ともにチームの柱となっている金本選手、チーム要の矢野選手、攻めを極めた今岡選手等々、本当に今のタイガースは選手の中心軸が安定しているということです。
 いまこそ、「連覇当たり前の常勝タイガース」へ!
 しかし、強くあり続けるためには、絶えざる自己鍛錬と構造改革しかありません。改革なくして常勝なしです。圧勝に気を緩めたら、次に待っているのは大敗、それはいまの政治とまったく同じです。タイガースには自分に厳しい、勝利に安住しない改革を続けてほしいと思います。特に、常勝のかぎのひとつは、主力選手が元気なうちにいかに次世代選手を育成するかだとおもいます。
 最後に、タイガースファンの同志の皆さん、タイガースの応援団は日本一元気で我々ファンの誇り。是非これから、団塊の世代が夫婦で楽しめる応援文化、試合内容以外でも球場周辺の雰囲気を楽しめるボールパーク文化づくりで新しい時代のプロ野球文化の先頭に立とうではありませんか! それがひいては関西再生にもつながると確信します!竹中平蔵(原文のまま)

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2005.09.30

亀田、来春世界戦 19歳デビュー10戦目

0930亀田が来春、プロ10戦目で世界挑戦―。ハワイでキャンプ中のプロボクシング東洋太平洋フライ級王者・亀田興毅の所属する協栄ジムの金平桂一郎会長は亀田の世界タイトル挑戦について、来春にも実現させる意向を明らかにした。陣営は、12月5日にパリで行われるWBA世界フライ級王者、ロレンソ・パーラ=ベネズエラ=対同級1位、ブライム・アスロウム=フランス=戦の勝者への挑戦を計画している。
南国ハワイの地で、亀田の世界チャンピオンへの具体的な道筋が示された。金平会長の口から発せられたのは、“浪速の闘拳”の実力を知るがゆえの、自信に満ちた言葉だった。「今まで、興毅くんの世界挑戦は(20歳の誕生日を迎える)来年11月までと言っていましたが、大幅に早まる可能性があります。早ければ、来春にも挑戦させますよ」と、1試合をはさみ、プロデビューわずか10戦目で、世界挑戦のプランが飛び出した。
 亀田は11月26日、さいたまスーパーアリーナでメーンイベントで登場することが決まっている。それとほぼ同時期の12月5日、パリで、王者・パーラと同級1位・アスロウムのタイトル戦が予定されている。来春の挑戦に照準を合わせれば、その勝者へ挑戦するのに、これ以上ない絶好のタイミングだ。
 「12月の試合は私も、興毅くんも、偵察に行く予定です」と金平会長。「アスロウムが勝った場合も、日本に呼んででもやります」と、亀田一家の夢の実現に向け、いよいよ、本気モードだ。
 協栄ジムは、亀田の次戦の相手を、パーラと似たタイプで選考を進めてもいる。「次回の試合は、仮想パーラです。ボクシングができる選手を探してきます」もちろん、相手は世界ランク15位以内でピックアップ。あと2か月後に迫った一戦に向け、急ピッチで選考を進めている最中だ。
 「もともと初めからアウトボクサーとやりたいって言うてたからな。オレの経験のためにもええんちゃうか」と、亀田は冷静に話した。19日に後楽園ホールで行われたパーラと、ジムの先輩・坂田健史=協栄=とのタイトル戦は、リングサイドで観戦。「パーラ? 話にならんやろ。悪いけどKOさせてもらうよ。オレににらまれたらヘビににらまれたカエルや。亀ににらまれたパーラや!」と、早くも衝撃のKOショーを確約した。
 「まあ今はとにかく一戦一戦やっていこうということ」と、亀田はこの日届いたばかりの東洋太平洋のベルトを初公開しながら話した。キャンプ中は、朝夕10キロずつの砂浜ランニングを欠かさず行い、下半身を強化。亀田の世界取りロードが、いよいよ始まる。

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2005.09.29

元木、後藤孝戦力外

歴史的大敗でV逸を喫した巨人が元木大介、後藤孝志両内野手に対して戦力外通告したことが分かった。元木はプロ15年目の今季、左太もも裏肉離れで後半戦を棒に振り、プロ18年目の後藤孝は1軍出場機会すらなかった。元木は引退か移籍しての現役続行かを熟考中。一方の後藤孝は現役を続けることを希望している。すでに清原和博内野手にも自由契約を通告しており、チームの世代交代を断行する巨人に、またもベテラン電撃解雇の衝撃が走った。
対照的な光景だった。元木は東京・よみうりランド内のジャイアンツ球場に姿を見せ、人目を避けるようにロッカールームを整理。2軍の練習が始まる前にはひっそりと帰宅した。一方、後藤孝は軽く汗を流した後、関係者に退団のあいさつを行い、室内練習場の掲示板に「諦めたら終わり」と書き残して球場を後にした。
 チームは今季、歴史的大敗を喫し、来季に向けて大幅な変革と世代交代を断行しようとしている。プロ15年目の元木と18年目の後藤孝は、この日までに球団から「来季は契約しない」旨を伝えられた。電撃的な戦力外通告に2選手とも衝撃を受けたようだが、既に今後の去就について検討を始めている。
 元木はこの日、川崎市内の自宅に戻った後、取材には応じず、沈黙を貫いた。しかし、親しい関係者には「まだ戦力外と言われたばかりだし、頭の中は真っ白。どういう身の振り方がいいのか、まだ考えられない」と漏らしている。残された選択肢は、このまま引退するか、移籍先を探して他球団でプレーをするかの二者択一だが、元木は「そのどちらがいいか」悩んでいるようだ。
 一方の後藤孝は、スポーツ報知の取材に「現役引退じゃない。あくまで戦力外通告を受けたということ」と答え、現役続行への強い意欲を見せた。「18年間、巨人でプレーして最後はさみしい気もするけど、頑張るしかない。これから職探しする」と話した。
 元木も後藤孝も苦しんだシーズンだった。クセ者の異名を持ち、バイプレーヤーとして存在感を示し続けてきた背番号2も、今季は7月5日の中日戦(ナゴヤドーム)で左太もも裏側を肉離れし、リタイア。同6日に出場選手登録を抹消され、後半戦はファーム暮らしだった。後藤孝も今季はオープン戦から16打席無安打と打撃不振に陥り、開幕2軍スタート。その後も1軍での出場機会なく、1992年のシーズン以来の1軍未出場に終わった。2003年には土壇場での勝負強い打撃から「ミスター9回」、「代打のスペシャリスト」として輝いたが、今季は若手の台頭にも押し出された。
 巨人の一時代を担った2選手の電撃解雇は、新たに生まれ変わろうとするチームの本気の表れだ。既に自由契約を通告されている清原に続き、元木と後藤孝の戦力外で、巨人の世代交代が一気に進むことになる。

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2005.09.28

東北福祉大・福田、ドラフト希望枠で巨人

今ドラフトの大学生の超目玉、東北福祉大・福田聡志投手の巨人入りが確実となった。スポーツ報知の取材で明らかになった。巨人をはじめ、ソフトバンク、横浜、楽天など4球団が獲得を目指していたが、争奪戦を巨人が制した。巨人は、10月3日の高校生ドラフトで大阪桐蔭・辻内崇伸投手の1巡目指名を視野に検討しており、高校、大学NO1投手の獲得を目指すことになる。
大学NO1投手・福田の進路が、ついに絞られた。希望入団枠による巨人入りだ。複数のプロ球界関係者が「福田サイドは希望進路を一つに決めたようだ。これが覆ることは考えにくい」と証言した。
 MAX153キロを誇り、東北福祉大の先輩、佐々木(横浜)の異名をもじって「大魔神2世」と呼ばれる福田には、年明けから複数のプロ球団が興味を示していた。3月に行われたグアムキャンプへも巨人、ソフトバンク、楽天、横浜の4球団が担当スカウトを派遣。その後のオープン戦や仙台六大学春季リーグ戦でそれぞれ密着マークを続けていたが、6月の大学選手権以降は巨人、ソフトバンクの一騎打ちの様相を呈していた。
 当初はソフトバンクが優勢と見られていた。だが亜大・松田宣浩内野手、関大・岩田稔投手らを候補として、幅広い戦略を打ち出していたソフトバンクに対し、1月の時点から希望入団枠候補として不変の評価を下していた巨人の熱意が実った格好だ。
 この日、福田は仙台六大学リーグ最終節の仙台大戦に3番手として登板。9回の1イニングを3人で締めて、胴上げ投手に。今季は主に抑えとして6試合15回2/3に登板。防御率0・57と34季連続50度目のリーグ制覇に大きく貢献。秋季リーグ戦の日程を終えた福田は「プロに挑戦したい気持ちはあります」とプロ志望を表明した。今後は第10回東北・北海道大学野球王座決定戦(10月8日から3日間・フルキャスト宮城)に出場し、勝ち進めば明治神宮大会で大学日本一を目指す。その後にも、巨人・福田が誕生することになる。
 今季、堀内巨人はチーム防御率4・81、球団史上最多タイの76敗を喫するなど、一からの再スタートが迫られている。球界の盟主の将来を担い得る逸材の獲得は至上命題とされていた。その中で先発完投能力に加えて、ストッパーとしての経験も豊富なユーティリティー右腕は、巨人にとってこの上ない戦力となる。
 10月3日の高校生ドラフトでは、大阪桐蔭の156キロ左腕・辻内を指名する方向。辻内にはオリックス、西武、楽天なども指名を検討しており、競合は必至だが、高校生、大学NO1の両獲りを目指す。
 ◆福田 聡志(ふくだ・さとし)1983年9月12日、大阪・岸和田市生まれ。22歳。長田小1年から軟式野球を始める。和歌山・伊都高では3年時に春季県大会優勝も、甲子園出場はなし。東北福祉大では3年時に全日本大学野球選手権で優勝、MVPを獲得。その後の日米大学野球、世界大学野球選手権でも学生日本代表入りした。家族は両親と妹。180センチ、76キロ。右投右打。

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2005.09.27

田尾監督解任、野村氏が後任最有力

楽天・田尾安志監督の今季限りの解任が球団から発表された。田尾監督は3年契約で約半世紀ぶりに誕生した新規参入球団を率いたが、この日のフルキャスト宮城での本拠地最終戦でロッテに敗れ、勝率2割台が確定するなど、成績不振が理由。今季最終戦となる27、28日のソフトバンク戦(ヤフードーム)までは指揮を執る。後任は球団側は「未定」としているが、野村克也シダックスGM兼監督が有力視されている。
50年ぶり新規参入球団の初代監督が、1年でクビになった。非情通告は連敗を8で止めた24日のロッテ戦後だった。「ここまで来て続投要請がないのはおかしい。ファンのためにも、ホーム最終戦までにはっきりさせてください」直情径行の田尾流で強気に聞いた結果に自らを納得させ、ホーム最終戦の指揮を執った。
 結果は、61年近鉄以来パ・リーグでは44年ぶりとなる勝率2割台が確定。試合後のセレモニーでは、ロッテ・ファンからも「田尾コール」が起こった。目を潤ませた指揮官は「日本一の応援ありがとうございました。一試合一試合、一球一球、だれも手を抜いてませんでした。38勝95敗1分けは私の誇りです」とあいさつした。
 セレモニー終了後、米田純球団代表が緊急会見を開き、解任を発表。「ファンの声は真摯に受け止めた。三木谷オーナーは田尾監督続投と言っていたが、フロントと現場で再構築を決めた」と説明。この日、球場に姿を見せなかった三木谷浩史オーナーは球団を通じて「大変難しい判断だったと思うが、このように決まった以上、その判断を支持する」とコメントを発表した。
 私服に着替えた田尾監督は「何とか3年でいいチームをつくっていきたいと思っていたが、こういうこともあるとは思っていた。結局、球団には分かってもらえなかった」と、無念さをにじませながらも、恨み節は避けた。残り2試合を全うして、解説者生活に戻る。
 田尾監督自身、見えない影と戦ってきた。5月の交流戦ごろから、野村氏の就任がうわさされた。異例の早さで断行された4月のコーチの入れ替え、さらに8月の休養勧告にも耐えた。オーナーへの直談判となるリポート提出も、結局、届かないまま終わった。
 野村氏就任について、球団幹部はこの日、「どうなるかな」と否定せず、意味深な笑みを浮かべた。広野功GM代行は「ドラフトは私が責任を持ってやるが、この先はどうなるか私にも分からない」と自身の去就も明言しなかった。島田亨球団社長は「好き嫌いで決めるのではなく、確固たる信念を持ってやっています」とした。この1年、球界再編の主役だった新規参入球団が、新たな局面を迎えた。

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2005.09.26

仰木監督、勇退・楽天が田尾監督解任へ

0926オリックスの仰木彬監督が、今季限りで退任することが明らかになった。オリックスは日本ハムに敗れ、プレーオフ進出が絶望になった。仰木監督には、かねてから宮内義彦オーナーが強く続投を要請していたが、体調面の不安から勇退を決意した。後任には広島を退団することが決定的な三村敏之ヘッドコーチを最有力候補にリストアップ。広島のシーズン終了を待ち、10月中旬にも正式要請を行う。
球団続投要請も決めていた「1年限り」
 仰木監督がユニホームを脱ぐ覚悟を決めていた。度重なる球団からの続投要請にも、首をタテに振ることはなかった。1年間、命をけずる思いで、合併チームの土台作りに尽力してきた。3試合を残してプレーオフ進出の夢は断たれたが、すべての情熱を傾けてきたという信念もあった。
 球団は早くから仰木監督に続投を要請していた。宮内オーナーは「当然、やってもらえるものと思っている」とラブコールを送り、小泉球団社長も「上から下まで仰木監督で一致している」と話してきた。だが、3年前に大病を患ったこともあり、定期検査は欠かせない日々を送っていた。特に風邪をこじらせた夏場以降は、ベンチ裏に氷で冷やしたタオルが用意された。関係者によれば、当初から「1年限り」と決めていたようだ。
 仰木監督の意向を受け、球団は後任をリストアップ。山本監督の辞任で、広島を退団することが決定的になった三村ヘッドコーチに白羽の矢を立てた。03年オフにも一度は監督就任を打診。堅実な手腕を高く評価し、3年越しのラブコールになる。関係者によれば、広島以外の球団の監督就任にも前向きで、オリックスで指揮を執ることも支障はないという。
 昨秋に元近鉄と合併し、新生球団として歩み出したオリックス。今季は仰木監督の下で、2チームの選手が融合。定位置だった最下位の脱出だけでなく、盤石のリリーフ陣を築くなど、パの台風の目になった。来季以降は三村体制の確立を目指し、悲願のプレーオフ進出を狙うことになる。

プロ野球楽天が、成績不振を理由に田尾安志監督を今季限りで解任する方針を固めたことが分かった。関係者が明らかにした。
 田尾監督は3年契約で約半世紀ぶりの新規参入球団を率いたが、選手層の薄さなどから4月に11連敗、8月にも11連敗を喫し、パ・リーグ40年ぶりの90敗を記録。24日現在、38勝94敗1分けで最下位が確定している。
 球団内では8月から続投かどうかの検討を始め、監督に采配や選手起用についてのリポートを提出させたが、最終的には「来季以降につながらない」と判断した。
 楽天はこの日、仙台のフルキャストスタジアム宮城で今季の地元最終戦(ロッテ戦)を行った。

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2005.09.25

メッツ石井、古田ヤクルト復帰へ

米大リーグ、メッツの石井一久投手が来季、ヤクルトに復帰する可能性が出てきた。「古田さんが監督になるなら、ヤクルトも(移籍の)選択肢にしたい」と発言。古巣限定で日本球界復帰の意思を示した。古田敦也捕手の監督就任が確実なヤクルトにとって目玉補強となる人材。今季、不振でマイナー落ちも経験した左腕がメッツに残留する可能性は低く、契約に関する諸条件がクリアされれば、5年ぶりに「ヤクルト・石井一久」が誕生することになりそうだ。
 古田がプレーイングマネジャー(選手兼監督)就任を決意―この一報に、石井は気持ちを抑えきれなかった。「メッツとの来年の契約があるから今は何とも言えない」と前置きしたが、「古田さんが監督をやるなら、ヤクルトを一つの選択肢にしたい」と素直な思いを口にした。
 メジャー39勝の実績を残しても、古田への感謝は忘れていない。「古田さんがいたから、今の僕がいるんです」。ヤクルト入団時からバッテリーを組み、古田の奔放なリードによって「暴れ馬」のようだった石井の力が存分に引き出された。渡米してからも、オフに帰国した際、家族ぐるみで行動をともにしている。米国での合同自主トレは、今や年末年始の恒例行事。“古田チルドレン”とも言えるほど、深く尊敬している。
 今季、開幕直前にドジャースから交換トレードでメッツに移籍。先発ローテの一角として期待されたが、4月下旬に左脇腹痛のため登録抹消。約1か月で復帰したが、白星は増えず、8月には初のマイナー落ちを通告された。登録枠が広がった9月に再昇格したが、豊富な先発陣のため、登板機会は与えられていない。
 ドジャース時代に結んだ4年契約は今年で終了する。球団が選択権を持つ今後2年間のオプション契約を結んでおり、契約更新すれば来季が330万ドル(約3億6300万円)、2007年は400万ドル(約4億4000万円)の年俸が発生する一方、メッツが110万ドル(約1億2100万円)の解約金を支払えば、自由契約となる。ミナヤGMは「来年の契約については何とも言えない」と言葉を濁すが、現在の戦力を考えれば、来季、石井を必要とする可能性は低く、日本復帰への道が開ける見通しだ。
 石井が古巣復帰を望めば、ヤクルトも前向きに考える。01年オフ、ポスティング移籍した際も、多菊球団社長が認めての“円満退団”。わだかまりはない。ある球団幹部は「うちで活躍した選手で思い入れもあるし、受け入れたい気持ちはある」と話す。古田新監督を迎えるにあたり、球団は「古田だからできる、古田にしかできないことをやってほしい」と期待している。石井復帰は新たな船出を始めるヤクルトにとって、これ以上ない“サプライズ”になり得る。
 今年の登板を直接、見ておらず、戦力としての評価が困難なこと、決して安くはない年俸など問題は残っているが、新監督が石井を必要とすれば、球団は復帰に向けて尽力すると見られる。米国に骨を埋めるつもりで決断したメジャーを捨て、恩人の元へと駆けつける―美しい師弟愛、黄金バッテリーの再現をファンは待っているはずだ。
 ◆石井 一久(いしい・かずひさ)1973年9月9日、千葉・千葉市出身。32歳。東京学館浦安高から91年ドラフト1位でヤクルト入り。左腕エースとして95、97、2001年と3度の日本一に貢献した。00年に最優秀防御率、98、00年に奪三振王を獲得。02年にポスティングシステムでドジャースと4年契約。デビュー6連勝を飾ったが、9月のアストロズ戦で打球を頭に受け、有望視された新人王を逃した。今年3月にメッツにトレード。8月に初のマイナー落ちを経験。9月に再昇格した。183センチ、97キロ、左投左打。家族は元フジテレビ・アナウンサーの彩子夫人と1男。

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