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August 28, 2005 - September 3, 2005

2005.09.03

仰木監督、審判室殴り込み

09039回ボール判定に激怒「ええかげんにせんか!」
オリックスは4回無死、水口の今季1号ソロで先制。5回にもブランボーの16号ソロで1点追加。9回に1点差とされたが、加藤が締めて逃げ切った。チームは連敗を5で止め、3位に再浮上。西武は宮越を援護できず連勝は5でストップ。
沸き上がるベンチに背を向けた。連敗ストップ、3位への再浮上…。目先の結果は、仰木監督の頭の中からは消えていた。笑顔が絶えないナインとは対照的に、指揮官の怒りはピークに達していた。「ええかげんにせんか!!」試合終了後、審判の控室に殴り込むと、ありったけの声を振り絞って一喝した。
 問題のシーンは、2―0のリードで迎えた9回。1死満塁となり、今季3度目の完封が目前だったJPをあきらめ、菊地原を投入した。打者は石井義。カウント0―1から投じたスライダーが、ベースをかすめたかに見えた。仰木監督はすぐに飛び出したが、捕手・日高に確認しただけでベンチへ戻った。3球目。同じようなスライダーが再びボールと宣告されて、我慢の限界がレッドゾーンに突入した。
 「アンパイアとのやりとりは、言わん方がええと思う。現場、選手がやりやすいように、変わろうと努力している最中やからね」20分後、再びドアを開けた仰木監督は冷静さを取り戻していた。同席した審判部の藤本典征指導員によると、指揮官はストライクゾーンの改善を訴えていたという。「我々も積極的に広げようとしているが、人間だから、たまには息をのむ瞬間にストライクのコールが出ないこともある」と同指導員らも、すぐに15分間の反省会を開いた。
 一打出れば、逆転されていた絶体絶命のピンチ。審判の厳しい判定もあったが、辛くも逃げ切った仰木監督。「上ったり下りたり、楽しみながら健康的に行きたいね。ちょっと心臓は痛くなったが、ひっくり返されなかったのは運もある」と、最後は冗談も交えて笑顔を浮かべた。眼下のライバルから奪った10勝目。苦しい試合を乗り越えて、ようやくリズムに乗ってきた。

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2005.09.02

小泉自民総裁「政治は生き物 面白いねぇ」

0902小泉純一郎首相=自民党総裁=が取材に応じ、「手応えはすごくいい。最近の情勢を見ていると、本当に政治は刻々動いているなと。政治は生き物です」などと選挙戦序盤の感想を語った。戦国武将と評されることについては「誰にも似ようがないじゃないですか。あんな殺し合いの時代に。信長みたいな英雄じゃない。小泉純一郎ですよ」とざっくばらんに話した。
改革必要性伝わってきた
―手応えは?
 すっごく、いいですね。4年前(の総裁選)と同じ。それが議席に結びつくかは分かんないけどね。
 ―このまま郵政だけを訴えるのか。
 郵政民営化は最大の争点ですから。これを訴え続けていくのが必要だと思いますね。ようやく、必要性が分かってきたんじゃないか。選挙やんないと、重要性が理解されない場合が多かった。いい機会だと思いますね。
 ―解散してよかった?
 いやいや、私は成立する方がよかったんです。解散よりも。好んで解散やってる訳じゃないですから。
 ―造反組はどうなる?
 ずっと将来復党がないとは断定できませんよ。
 ―在任中に?
 それはどうですかねえ、なかなか。私も残り任期1年だから、難しいんじゃないですかね。辞めた後、あり得るでしょう。
 ―任期延長は?
 あ、それはない。私の任期は来年9月までと決まってるんですから。規則はそんなに変えない方がいい。
 ―ここまで予想通り?
 いや、予想してませんでしたね。だって、予想は解散したら負けるから、辞めろって言ってた。でも、わかんなくなってきた。勝つ可能性も出てきた。最近の情勢を見ていると、本当に政治は刻々動いているなと。政治は生き物だと実感してますね。予想していた評論家の皆さんもくるくる変わっている。面白いねえ。
 ―女性候補は作戦か?
 いや、女性の進出は少なすぎる。政界が一番少ないと。決して多すぎるとは思いませんよ。
 ―自分を歴史上の人物に例えると?
 戦国時代の歴史小説はよく読んでるけども、私は信長でもないし、似ようがないじゃないですか、ああいう殺し合いの時代に。いま殺し合いしていないし。ああいう激しい生き方に比べれば、穏やかじゃないですか。
 ―信長というより小泉純一郎?
 そりゃそうですよ、あんな信長みたいな私は英雄じゃないですから。
 ―郵政以外のことも聞きたいという声もあるが。
 それは私の4年間の実績を見て、分かっているんじゃないですかね。言わなくても。新人じゃないんですから。4年間総理やってるんですから。
 ―「政治は非情」と言ったが、総理は非情か。
 いや、あのね、1人に対する温情が全体に対する非情になる場合があるんですよ。一見、ある人に対する温情が全体の非情になる場合があるんですよ。
 ◆小泉 純一郎(こいずみ・じゅんいちろう)1942年1月8日、神奈川県横須賀市生まれ。63歳。慶大経済学部卒。69年の衆院選で落選、再挑戦した72年に初当選し、現在、当選11回。厚相、郵政相などを歴任。01年、3度目の挑戦で総裁選に勝利し、第87代内閣総理大臣に就任。首相就任後初の靖国神社参拝で物議を醸す。02年、日朝平壌宣言に調印。拉致被害者5人の帰国に成功。03年、第2次小泉内閣発足、第88代内閣総理大臣に就任。04年、自衛隊のイラク派遣を決定。趣味は読書、観劇のほかに音楽鑑賞。エルビス・プレスリー、X―JAPANの大ファン。血液型A。独身。

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2005.09.01

尚子、ボルダーに大邸宅

女子マラソンのシドニー五輪金メダリスト・高橋尚子=ファイテン=が、合宿先の米コロラド州ボルダー郊外に推定5000万円の大邸宅を購入したことが31日、分かった。現在建築中で、来年3月の完成予定。2年ぶりのマラソン復帰戦となる11月20日の東京国際女子マラソンで復活を遂げた後、「チームQ」の08年北京五輪に向けた“金メダル基地”となる。
 シドニー五輪に向けて小出義雄監督=現・佐倉アスリート倶楽部=がボルダーに購入した合宿所に劣らぬ拠点だ。地上2階、地下1階で、ベッドルームとバスルームが4室ずつ。リビング、ダイニング、キッチンのほか、トレーニングやマッサージに使えるスペースも十分。ガレージには普通乗用車3台が収容可能。チームQの4人が生活するには十分な物件だ。
 北京五輪にかける意欲の表れだった。現在はボルダー市内に一軒家を借りて合宿を続けているが、競技人生の集大成に挑む決意で新拠点となる大邸宅の購入を決断。チームQ入りした3人の専属スタッフのため、そして6月から4年間の所属契約を結んだファイテンのためにも、不退転の覚悟を固めた。
 復活を期す東京国際女子マラソンを前に、4日のロックンロール・ハーフマラソンでステップを踏む。1年10か月ぶりの公式レースで、マラソン以外では01年2月の青梅マラソン30キロ以来。新拠点完成を心待ちにしつつ、1日に米バージニアビーチへ移動する。

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2005.08.31

清原 自由契約へ

今季で巨人との4年契約が切れる清原和博内野手が、球団から来季以降の契約を結ばない方針を伝えられたことが分かった。この日までに清原と球団との間で極秘会談が行われ、清原は現役続行を希望。球団側も功労者である背番号5に対し、自由契約の手続きをとることで、移籍先を含めて今後をサポートしていくことを告げた模様だ。清原は来季に向け、左ひざ半月板損傷の手術に臨み、新天地での復活を目指す。
清原と球団の直接会談は、周囲の雑音をシャットアウトする形で極秘裏に行われた模様だ。関係者の話を総合すると、清原が30日に入院、31日に左ひざ半月板損傷の内視鏡手術を受けるため、球団側が配慮し、その前に会談の場を設け、互いの希望や意向などを伝え合ったものと見られる。
 今季は清原の4年契約が切れる最終年。球団は清原を功労者として評価しつつも、来季から新たにチームが生まれ変わっていく上で、構想から漏れると判断。来季以降の契約を結ばないという意向を伝えたようだ。それに対し清原は、現役続行の希望を伝えたと見られる。このため、球団は任意引退ではなく、自由契約の手続きを取る方向で調整し、来季以降の清原の新天地を探すサポートをしていく考えを示した模様だ。
 球団にとっては、苦渋の決断だったようだ。ファンからの絶大な支持を集め、96年オフにFAで移籍してから9年間、巨人を支えてきた。しかし、昨年は左手甲の骨折もあって出場は40試合どまり。オフには、自らの去就をめぐって球団に乗り込んで直談判する騒動も起こした。それでも最終的には、契約が1年残っていたことや、一からの出直しと堀内監督への忠誠を誓い、清原本人も「泥水を飲む覚悟で」と、チーム残留を決めた。
 今季は4月29日広島戦(広島)で史上8人目の通算500号を達成。しかし、5月に入ってから急性胃腸炎や右太ももの張りなどで欠場が目立ち、8月は左ひざ半月板損傷の影響で1打席だけで交代するなど、打率はリーグ最低の2割1分2厘に低迷。8月13日に出場選手登録を抹消された。31日に内視鏡手術を行うが、来季39歳を迎える清原への期待値を探る前に、球団が来季契約を結ばない判断の決め手になったのは、8月4日広島戦(広島)での“ハイタッチ拒否”だった。
 打率低迷で打線が分断されることから、首脳陣は清原の打順を7番に降格。これに背番号5が怒りを示す形で本塁打を放った際、堀内監督ほか選手の出迎えまでも拒否。ベンチのムードは劣悪になり、チームへの忠誠を誓って残留したはずの清原自身も孤立した。戦う集団として統率のとれなくなった現状を深刻に憂う声が、首脳陣や現場から球団や滝鼻卓雄オーナーのもとに届けられた。清原の功績を認めつつ、巨人が清原と来季以降の契約を結ばない判断を下した決定打はここにあったようだ。
 滝鼻オーナーの号令のもと、チームは急速に世代交代を押し進めている。清原は今後、けがを完治させ、ファンの後押しを受けて他球団での現役続行の道を探っていくことになるが、球団もサポートして、功労者の花道を用意することになりそうだ。
 ◆清原 和博(きよはら・かずひろ)1967年8月18日、大阪府生まれ。38歳。85年にドラフト1位で西武に入団。96年オフにFA(フリーエージェント)で巨人に移籍。昨年6月4日に史上31人目となる2000本安打を達成。今年7月8日の広島戦(広島)では歴代5位となる510号本塁打。現在513本塁打で歴代単独5位。188センチ、104キロ。右投右打。

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2005.08.30

尾道ハリウッド驚き大構想

0830ホリエモンが驚きの地域振興策をぶち上げた。大林宣彦監督の「尾道3部作」で有名な映画の街・尾道をさらにパワーアップさせ、映画の聖地・ハリウッド化させるというのだ。
 堀江氏は同市向島にある戦争ドキュメント映画「男たちの大和」のロケセット現場を視察。映画好きだというホリエモンは「ずっとこのセットを見たかったんですよ」とノリノリで登場。「僕を含め、戦争を知らない世代がほとんどになって記憶が風化している。語り継いでいって、戦争のない平和な世界を作っていきたい」などと平和への思いを熱く語った。
 その直後だった。かねて「地域振興には、その地域独自の特色を持つべきだ」と持論を展開している堀江氏は、同市が「男たちの大和」のロケセットを保存、観光財源として再利用している点に触れ、「造船所をこういった形で使って、それをそのまま観光資源に生かすというのはいいアイデア」と絶賛。続けて、「尾道のハリウッド化? それはありだと思いますよ。日本の映画はこれからもっと伸びていくと思いますし」と、一気に“尾道ハリウッド化構想”を明かした。
 同映画のセット近辺では、60歳以上のシルバー世代が場内ガイドを務めるなど、新たな雇用を創出。7月17日の一般公開スタート以来の同セット入場者が、今月27日、累計10万人を突破。地元では“一大産業”として確立されている。
 「ハリウッドも昔は砂漠だった。尾道だって、ハリウッドになるかもしれない」目を輝かせた堀江氏。尾道ハリウッド化へ向け、近隣の空き地を利用してスタジオの誘致なども検討するという。
 さらに、自らの映画出演についても「いや~、喜んで!」と大乗り気。その後、訪れた因島市の「水軍祭り」でも「いんのしまフラワーレディ」の田中摩利子さんから「尾道3部作の次は、ぜひ因島3部作を。その時は出演させてください!」と猛アピールされる一幕もあった。

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2005.08.29

反旗チラリ、刺客にも配慮 自民「ねじれ」静岡7区

「改革のマドンナ」として自民党公認で立候補する元財務官僚の片山さつき氏が立つ静岡7区。出馬を要請した小泉首相が応援にやって来た。地元の党静岡県連は、郵政民営化法案に反対し、無所属で立つ城内実氏に「県連推薦」を出した。党執行部にあからさまに反旗を翻さずに、送り込まれた対抗馬の顔も立てる。JR浜松駅前に首相の絶叫が響くなか、さまざまな思惑が交錯した。
 浜松駅前。「改革を止めるな、という声を片山さんを支援することで示して下さい」。小泉首相が叫ぶと、駅前広場を埋め尽くした約5000人から、拍手と歓声がわいた。
 赤いスーツを着た片山氏は首相の右横で一礼。立候補表明以来、初めて街頭に立った片山氏は「改革の本丸、郵政法案が否決された。これができなければ、他の改革なんてみんな止まってしまう」と声を張り上げた。
 盛り上がりとは裏腹に、党県連幹部のうち会長を除く三役は姿を現さなかった。7区内の県議5人が不在、市議も少なかった。
 片山氏は浜松市議会の自民系会派控室を初めて訪れた。市議約20人に住民票を移したことなどを話し、名刺を配った。
 突然、片山氏はじゅうたんの床にひざをつき、深々と頭を下げた。「みなさんのご支援がないと戦えません」
 その姿に、市議の一人は「まさかそこまでするとは。相当厳しいんだな」と思いつつ、唐突さに真意を測りかねた。
 静岡県議会の自民党役員室を訪ねた。応対した党県連の前沢侑・幹事長はきっぱりと「城内推薦」を告げ、「事務的なことで協力できることはしようと考えている」。
 片山氏は「総裁や党幹部からも静岡県は保守本流の自民なのでいろいろご理解いただけるよ、と言われてきました」と伝えたが、地方議員の応援やスタッフなど具体的な支援の話は一切なかった。
 ベテランの浜松市議の携帯電話が鳴った。
 「7区の協力をひとつ、頼むよ」。自民党の武部勤幹事長からだった。地元議員の支援がなく、業を煮やしている感じがした。
 市議はすぐさま片山氏の事務所に行き、女性の支援者を増やすために「髪形を考えないといけない」「ポスターを作り替えなくては」などと矢継ぎ早に指示を始めた。
 片山氏が静岡7区で本格的に活動を始めたのは21日夕。首相の要請に応じた13日以降は、党本部で首相や同県選出の国会議員らから話を聞き、郵政改革全体を訴える広報的な役割を任されていた。
 片山氏の周辺は当初、党本部職員のほか、大手IT企業の広報室長や月刊誌の元編集者ら知人ボランティアだけ。しかし、事務所には日を追うごとに、各種団体の推薦状が壁に張り出され始めた。
 自民党幹部は「まだ日が浅いのに、だいぶ浸透してきた。このままいけば投票日までに抜き去ることも可能だ」と手応えを口にした。
■「敵は民主」2議席狙いも
 迎え撃つ城内氏は首相演説の様子を気にしながら、駅近くを車で移動していた。「小泉総裁の応援は脅威だ」
 この日昼、城内氏は浜松市の工業団地近くの複合商業施設近くで、「広い選挙区、隅々まで走っています。改革への熱い思いが伝わっていると確信しています」と訴えた。衆院解散の8日夜、地元に戻り、後援会を中心に、ミニ集会や企業を回る従来型の活動を続けている。事務所では地元県議が選対本部長として指揮を執り、城内氏を乗せた車は1日約300キロを走っている。
 分裂選挙はこのまま進むのか。
 首相が浜松に来たころ、城内氏の選対会議に出席していた地元県議の一人は「片山さんに拍手を送ることはできない。ここまで来たら結束は乱れない」と語った。
 しかし、首相応援に欠席した県連幹部の考えはまた違う。「敵は民主。片山さんは比例上位で優遇されるので、ここで二つとれれば」としたたかさを見せる。
 一方、政権交代を旗印に、市議から転身する民主党新顔の阿部卓也氏は地元の祭りをはしごして、地元密着の「たたき上げ」を強調。「ふつうの人が永田町に行ってこの国を変えなければならない」と訴えた。

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2005.08.28

星野SD 巨人来季監督候補

巨人・渡辺恒雄会長は都内のホテルで会食後、来季の監督問題について触れ、阪神・星野仙一オーナー付シニアディレクターが候補者の一人であることを示唆した。同会長は「星野SDは立派な監督だよ。何度も言うようだけど。だけど、彼も彼の借りがある。そう簡単な話じゃない」と注目発言。来季の監督問題についてここまで踏み込んで言及するのは初めてで、今後、星野氏や巨人OBを含めた複数名の候補者から人選していくことになる。
約3時間半にわたって都内ホテルで夕食を済ませた渡辺会長は午後10時前、報道陣の前に現れた。来季の監督問題について、報道陣から星野SDの名前を出されるなり、まずは「そんなことおれに聞いて何の意味があるんだ」とけん制。注目発言はその後だった。
 球団史上初となる外部招へいの可能性について聞かれると、渡辺会長は「だからね、立派な監督さんだよ。何度も言うようだけど」と続けた。重ねて報道陣から「それは星野SDのことか?」と質問が飛ぶと、表情をさらに緩めた。「彼も彼の借りがある。そう簡単な話じゃない。滝鼻オーナーに聞いてくれ」そう言葉を残し、そのまま帰りのハイヤーに乗り込んだ。
 巨人の来季監督問題について、渡辺会長がこれだけ踏み込んで言及するのは初めてのことだ。この日の発言は外部招へいする場合の候補者の一人として、星野SDも可能性としてあることを初めて示唆する形になった。
 渡辺会長の言う「彼も彼の借りがある」というものが、阪神に対してのものか、阪神ファンへのものか、定かではなかったが、候補者として星野SDに絞り込むには問題が山積していることも示した格好だ。
 この日、偶然にも同じホテルで巨人の相談役を務める日本テレビ・氏家斉一郎取締役会議長も会食。来季監督問題について「おれは巨人OB内部のどっかから来ることになるという気がしているけどね」と私見を述べ、星野SDのみならず、巨人OBも候補者であることを認めた。
 読売グループの最高首脳は7月中旬、来季の監督候補について話し合い、これまでのようにOBのみを対象とせず、幅広い候補者から人選することで一致。それを受け、氏家議長は7月21日にも「次期監督は世評上にあるやつ全部が候補になるだろう」と発言していた。その中で、星野SDも候補の一人であることをこの日、渡辺会長が示唆したことになる。
 ただ、この日、氏家議長は具体的な人選について「全然、進んでいない」とも話しており、来季監督問題は今後さらに慎重に検討していくことになる。
 ◆星野 仙一(ほしの・せんいち)1947年1月22日、岡山県倉敷市生まれ。58歳。倉敷商から明大を経て68年、ドラフト1位で中日に入団。82年に引退するまで500試合に登板、146勝127敗34セーブ、防御率3・60。野球解説者を経て87年中日の監督に就任し、88年リーグ優勝。91年退団後、96年から2度目の中日監督を務め99年リーグ優勝。01年に退団、翌年から阪神監督に就任。03年にチームを18年ぶりの優勝へ導いたが勇退した。現在は阪神オーナー付シニアディレクター。

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