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July 31, 2005 - August 6, 2005

2005.08.06

自民執行部の切り崩し策は仁義なき説得工作

郵政民営化法案の参院での採決が迫る中、自民党執行部の激しすぎる「説得工作」の中身がわかった。呼び出しを受けた自民党反対派の1年生参院議員が取材に答え、「公明党幹部が同席のもと選挙の話をされた」と激白。“反対派の顔”亀井静香元政調会長の兄・亀井郁夫参院議員も「他党と組んで議員を説得するのは情けない」と批判した。だが、反対から賛成にまわる議員も徐々に増えており、執行部サイドの勢いが増しているのは確かだ。
「話を聞きたい」―。ある1年生議員のもとに、自民党執行部から呼び出しがあったのは先週末。その幹部は「選挙になったらどうするのか」「公認をもらえなかったらどうするのか」などと問いかけたという。途中から公明党幹部も同席、「10分」と言われた話し合いは40分に及んだ。
 「なぜ公明党まで呼ぶんだろうと思いました」と1年生議員。「もし、賛成したら選挙では公明党も協力する」といったあからさまな説得工作。先輩議員を前にして「反論できなかった」悔しさから、途中で涙がにじんだという。
 さらに、説得工作は続いた。自民党の永岡洋治議員が自殺した1日、先輩の参院議員から「選挙のことを考えるなら色んな話を聞いたほうがいい」と、またも話し合いの誘いが―。当初、自民党議員2人との会談予定が、いつのまにか公明党幹部2人も同席することになっていた。
 個室での4対1の状況。「『何、それは?』と思った。4人はあんまりじゃないですか」と1年生議員。「私はこういうやり方は嫌いなので、お断りさせていただきます」と、その話し合い出席を断ったという。
 なりふり構わぬ執行部の議員説得の状況を党参院議員総会で批判した亀井郁夫議員は「色んな形で説得活動を行っているのはわかります。ただ、他党の役員同席で説得するのはやってはいけない。情けない」とソフトな語り口ながらも、厳しい言葉を並べた。また、永岡議員が自殺した翌日に説得工作を行おうとしていたことについても、「そういうことはやっちゃいけない」と猛批判した。
 「公明党を使うのは青木幹雄参院議員会長の求心力が低下している証拠。これでは自民党の着ぐるみを着た『公明党内閣』」と、ある民主党関係者。だが、参院関係者は「反対派議員の中から新たに数人が賛成に回った模様だ」と話した。執行部サイドの「重要ポスト」と「選挙」を武器にした切り崩し工作が着実に功を奏しつつあるのは確かだ。
 亀井議員のもとにも一度、執行部議員が訪れ「協力してくれ」と説得しに来たという。「『本当はあなたも反対ではないですか』と言いました。すると、その幹部も『私も本当は反対なんだ。立場上、仕方ない』と話していました」と明かす。8日の採決予定日まであとわずか。悩める議員たちを巡る攻防は最終局面を迎えている。

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2005.08.05

反対派の中に“毒まんじゅう”食った奴3人?

郵政法案参院採決迫り自民ギリギリの攻防
 郵政民営化法案の参院での採決が8日に行われる公算が大きくなった。自民党では賛成派と反対派がギリギリの攻防を繰り広げている。ある参院議員は「反対派の中に“毒まんじゅう”を食ったやつがいる」とぶちまけた。執行部側は反対派を夜な夜な呼び出し、重要ポストをちらつかせるなどして説得工作を続けており、その動きは激しさを増すばかり。真夏の政局ドラマはいよいよクライマックスを迎えた。
 郵政民営化問題で激しく対立する両雄が接近遭遇した。1日に自殺した自民党の永岡洋治議員の通夜が3日、茨城県総和町で行われ小泉純一郎首相も出席。献花の後、葬儀委員長を務めた亀井静香・元自民党政調会長に歩み寄り一礼した。2人の間の距離はわずかに1メートル。最近ここまで2人が接近したことはない。その後、小泉首相は足早に会場を後にした。
 お互いクールに一言も言葉を交わさなかったが、永田町では郵政問題を巡る暗闘がホットに激化している。各マスコミは「票読み」を発表しているが、その数字は見事にバラバラだ。反対確実な議員ですら「11人」や「13人」と統一した数字は出ていない。まして反対か賛成の間で揺れている議員は20~30人といわれ、採決の行方はまったく予断を許さない状況だ。
 「反対派の中に“毒まんじゅう”を食ってしまったやつがいる!!」ある参院議員が怒りにふるえながら暴露した。これまで「反対に前向き」とされた議員の中に、重要ポストとの交換条件で賛成に回った議員が3人いるというのだ。この3人は本紙の予想でも「反対の可能性が高い」議員に入っている。
 反対派のカリスマ・荒井広幸参院議員は、レーダーに映らない戦闘機に例えた「ステルス作戦」で隠密行動を続行中。最近では、最後まで敵か味方か分からない「カメレオン作戦」という新たな戦略も打ち出していた。だが執行部はその動きも敏感に察知、「逆カメレオン作戦」とでも言うべき極秘裏の切り崩し工作を進めている。
 永岡議員の突然の悲劇で「あからさまな説得工作はなくなった。今、執行部は選挙で造反組を確実に追い落とすためにやっきになっている」(参院議員秘書)と、すでに否決、そして解散総選挙に焦点を絞ったという見方もある。だが執行部サイドは、5日に予定されていた採決を8日に先延ばしすることを内定。反対派説得の時間稼ぎにやっきだ。
 3日現在の本紙の調べでは「反対確実」な議員は14人、「反対の可能性が高い」が13人、「微妙」は8人、「棄権」は8人、そして「反対から賛成に回りそうな」議員は3人となっている。依然として、法案の否決ラインの「18人」を上回る可能性は高いのだが…。
 ◆毒まんじゅう 裏金や閣僚ポストの密約などを示す政界の隠語。03年9月の自民党総裁選の際には、反小泉派から一転、小泉首相支持へと回った元官房長官・村岡兼造氏を元自民党幹事長・野中広務氏が「ポストに惑わされ、毒まんじゅうを食らった」などと痛烈に批判。この年の流行語大賞に選ばれた。

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2005.08.04

反町隆史「杉原千畝さんの魂入った」

俳優の反町隆史主演の日テレ系「終戦60年ドラマスペシャル 六千人の命のビザ(仮)」今秋放送のロケが、リトアニアの首都・ビリニュスで行われている。同国で日本のドラマを撮影するのは初めて。第2次世界大戦中、同国でユダヤ人にビザを発給し「日本のシンドラー」と呼ばれた故・杉原千畝さんを描く物語。反町は「千畝さんの魂が入った」と手応えをつかんでいた。
 カトリック教会が建ち並ぶ旧市街が世界遺産に登録されたビリニュス。気温30度近い猛暑の中、ビリニュス駅構内でクライマックスの撮影が行われた。
 リトアニアから退去を求められた千畝が、駅のホームまで押しかけるユダヤ人に出発直前までビザを書きなぐるシーン。無情にも列車は動き出し、千畝は「もう書けない」と涙する。80人のエキストラを相手に迫真の演技で対抗した反町は「無の状態になって、千畝さんの魂が入ったように感じた」。心身ともに千畝になりきった瞬間だった。
 リトアニアで日本のドラマ撮影が行われるのは初めてで、現地の新聞各紙も報道。BBCの番組などを手がける現地の制作会社「バルチック・フィルム・サービス」の協力で50人のリトアニア人スタッフが参加し、オーディションした140人の現地エキストラも出演。法律で一日12時間労働が定められているため、白夜で午後11時まで明るいが規定時間以上の撮影はできない。ロケ現場には必ず警官がつき、日本語、英語、リトアニア語が飛び交う国際色豊かな現場だ。
 反町は日本語で話し、リトアニア人のセリフには後日、日本語吹き替えをつける。異なる言語のキャッチボールという難演技だが、反町は「努力と慣れ。お互い目を見て芝居すれば分かり合える」と自信たっぷり。同国は初訪問だが「本当にきれいな街。芝居の臨場感がリアルに伝わるので、ロケできて良かった」と笑顔を見せた。
 ドラマは千畝の妻・幸子さん(92)がつづった「六千人の命のビザ」が原作。反町は青年期から68歳までを演じる。外務省の反対を押し切ってビザを出すことへの葛藤(かっとう)など、千畝の人間らしさを中心に描く。
 反町が実在の人物を演じるのはNHK大河「利家とまつ」の織田信長以来。自分より目の前の命を救おうとする千畝の姿に感動したという。「葛藤の中で決断した姿に、人間としての深さを感じる。僕自身、人に対して思う気持ちが欠けている部分や、自分の価値観を人に要求してしまう部分を改めたいと思った」と心も新たにしていた。ロケは5日まで行われ、帰国後、今月中旬にクランクアップする。
◆杉原 千畝(すぎはら・ちうね=1900年1月1日~86年7月31日)早大在学中に外交官試験に合格。37年にフィンランド・ヘルシンキ勤務を命じられ、39~40年までリトアニア領事代理。ナチスの迫害でポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人に2139枚ものビザを発給し、約6000人の命を救ったといわれる。終戦後、外務省から辞職勧告。85年にイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞」を受賞。ビザを書いたリトアニア・カウナス市の旧日本領事館は杉原記念館として保存され、千畝通りや千畝像がつくられた。

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2005.08.03

郵政国会で自殺者

自民党の永岡洋治衆院議員が東京都内の自宅で首をつり、搬送先の病院で死亡が確認された。自殺とみられる。郵政民営化関連法案で自民党総務会で反対しながら、衆院本会議の採決では賛成。「寝返った」と批判を浴び、党と派閥の板挟みに悩んでいたという。郵政法案をめぐり“犠牲者”が出た格好だが、小泉純一郎首相は5日に予定される参院本会議採決に「影響ない」と断言した。
 政争渦巻く「郵政国会」がまさにクライマックスを迎えようというさなか、1人の代議士が自らの命を絶った。午前10時15分ごろ、永岡議員が東京・世田谷区内の自宅で首をつっているのを家族が発見。搬送先の病院で2時間後に死亡が確認された。外傷はなく、これまでに遺書も見つかっていないことから、警視庁成城署は自殺とみている。
 だが、永岡氏が所属する亀井派会長の亀井静香元政調会長は、搬送先の病院で「郵政民営化関連法案への対応で相当悩み苦しんだのが事実なんだろう。執行部といえども行き過ぎたことをしてはいけない」と強調。永岡氏が「死」を選んだ背景に、小泉首相が強硬に推し進める郵政法案があるとの認識を示した。
 永岡氏は郵政民営化関連法案で、自民党総務会で意見を述べるなど、強硬な反対派とされていた。だが衆院本会議の採決では賛成票を投じた。わずか5票差の接戦になったため、直前に反対から賛成に回った行動に対しては、派閥内や郵政関連団体のほか「週刊誌に寝返ったと名指しされ、本人は気にしていた」東京事務所の女性秘書という。
 いずれにしても、永岡氏が「郵政法案」で相当ストレスを抱えていたのは、間違いない状況。小泉首相が政治生命をかけ、執行部が猛烈な切り崩しを行う一方、衆院本会議採決で51人も造反。「衆院解散」まで飛び交い、自民党を2分する“政争”で、ついに犠牲者が出た格好だ。
 突然の悲報に、永田町には衝撃と動揺が広がった。さすがの首相も「びっくりしてるんですが、残念ですね。大変苦しまれたことと思いますけれどね。理由は分かりませんけども、残念です」と答えた。だが、自殺が参院採決に与える影響について聞かれると、「それはないと思う」ときっぱり言い切った。
 何が起きても頭の中は「郵政一色」のようだ。この日も「継続審議は、形を変えた否決だ。『小泉内閣退陣せよ』ということだ。政治家として政局の重みを分かってもらいたい」と強調。継続審議でも衆院解散・総選挙に踏み切る意向を示唆し、あらためて反対派を強くけん制した。
 これに先立つ自民党役員会では「私は腹を決めている」と表明。確実に可決できる見通しがなくても採決するよう促した。これを受け、政府と自民党は法案の参院審議は「粛々と進める」とし、5日の参院本会議で採決を目指すことを確認。政争の果てに「代議士自殺」という暗い影を帯びた郵政国会だが、成立に自らの政治生命をかけている首相は、ノンストップで突っ走る構えだ。
 ◆永岡 洋治(ながおか・ようじ)1950年12月24日、茨城県古河市生まれ。東大法学部卒業後、75年、農林水産省入省。ハーバード大学大学院留学、経済局国際部ガット室長などを経て、畜産局牛乳乳製品課長を最後に退官。96年総選挙で茨城3区から新進党の公認で初出馬するも次点。03年4月、中村喜四郎元建設大臣の失職に伴う衆院補欠選挙で茨城7区から初当選。03年11月の衆院選で2回目の当選。共著に「新政策そこが知りたい」「異議あり!日本」

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2005.08.02

巨人戦視聴率は8・5%

ビデオリサーチは1日、各テレビ局が放送したプロ野球巨人戦ナイターの7月平均視聴率が、8・5%(関東地区)だったと発表した。月別の記録が残っている1989年以降最低の記録。これまでの最低は、2004年8月の8・7%。7月に月別で1けたとなったのは初めて。
 7月26―31日の巨人戦ナイターはすべて一けたで、28日の阪神戦(日本テレビ系)は、今季最低の5・2%(関東地区)だった。
 今季は、4月に12・9%、5月に13・0%、6月に10・1%と月別の最低を記録し続けており、視聴率は下降の一途をたどっている。
 日本テレビ宣伝部は「巨人の順位が5位で、一方的に負ける試合が多い。関西では、20%台を記録しており、野球人気が落ちているとは思わない。巨人が勝っていけば視聴率も上がると期待する」と話している。

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2005.08.01

イチロー2年ぶり2打席連発

0801米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手はシアトルでのインディアンス戦に「1番・右翼」で先発、2打席連続本塁打を放ち4打数2安打2打点で勝利に貢献した。1試合2本塁打と2打席連続本塁打は、ともに2年ぶり3度目。
 一ゴロの後、4回に右越えに8号ソロ。2―2の6回は右越えに勝ち越し9号ソロを放った。最後は空振り三振。
 これで「新人から5年間の安打」が大リーグ単独最多の1059本になり、打率は3割1分6厘に上がった。チームは3―2で勝った。

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2005.07.31

タイソン、ついにK-1参戦

0731タイソン、K―1転向に本気! プロボクシングからの引退を表明し、K―1転向が濃厚とされる元統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン=米国=がK―1ハワイ大会視察のため現地入り。到着早々に「K―1が好きだからやってみたい」と爆弾発言をぶっ放した。3年越しのラブコールを送り続けてきたK―1側も好感触。一時凍結していた参戦交渉も再開される見通しで、いよいよタイソンのK―1参戦が夢物語ではなくなってきた。
ド肝を抜く登場だった。タイソンは国内線でホノルル空港に到着。友人女性2人と付き人1人を引き連れ、迎えの黒塗りリムジンの中に消えたが、報道陣が集まると笑顔で車中から姿を現した。半ズボンに白いTシャツ、白いスニーカーのラフな格好。そして開口一番、日本語で「ドモ、アリガットウ!」と予想外のあいさつ。のけぞって高笑いを上げたり、背筋を伸ばし腰を45度に曲げてペコペコと頭を下げるなど上機嫌だ。
 3日前にK―1の要請に応じて大会来場が決定。ドタキャンが日常茶飯事のタイソンだけに、本当に来るかどうかは主催者も分からない状況だったが、本当に現れた。同日夜にはホノルル市内でK―1が設けた食事会にも出席。終始ご機嫌で、ついには「K―1が好きだからやってみたい」と転向を決断するかのような発言までした。3年越しの交渉で信頼関係を築いてきたK―1の谷川貞治イベント・プロデューサーも「好感触を得た」と話した。
 2003年にK―1との独占マネジメント権を結んだ際には「おれを日本で金持ちにしてくれ。もう一度自分の人生を見つめ直したい」と語っていたタイソンだが、昨年は交渉を一時凍結しボクシングに専念。だが、今年になって一転して歩み寄る姿勢を見せ始めた。
 クリアすべき問題は山のようにある。過去の犯罪歴で日本に入国できないこと。1試合5億5000万円以上といわれるファイトマネー、そしてK―1ルールでの試合を受けるかどうかなどの点だ。「K―1がタイソンを生き返らせる」というスローガンを掲げた谷川氏は、タイソンのために海外で特別興行「タイソン祭り」を開催する計画を持つ。候補地は韓国、ハワイ、オセアニア地区など。デビューとなれば気になるのが対戦相手だが、関係者はこの日、03年8月の米ラスべガスでタイソンと乱闘をしたボブ・サップ=米国=が第1候補に挙がっていると明かした。谷川氏は「好感触を得ても肝心なのは契約にこぎつけること。ファンの熱意や周辺の意見を聞きながら、K―1参戦を実現させたい」と熱く語った。
 タイソンの3度目の来場となるK―1のハワイ大会はきょうゴング。3万人の観客動員を目指す興行の最大のカードは、曙と韓国の大巨人・崔洪万との再戦で、タイソンも興味を示した一戦だ。タイソンのK―1参戦熱もいっそう高まるに違いない。
◆マイク・タイソン 1966年6月30日、米ニューヨーク生まれ。39歳。85年3月6日にプロデビューし翌年11月、史上最年少の20歳4か月でWBC王座奪取。87年8月、WBA、WBC、IBFの3団体統一世界ヘビー級王者に。東京では90年2月に防衛戦も初黒星を喫し統一王座から陥落。3年間の服役後の96年3月、WBC王座を、同年9月にWBA王座も奪還するが、同年11月にイベンダー・ホリフィールドに敗れWBA陥落。今年6月11日のケビン・マクブライド戦で負け、引退を表明。50勝(44KO)6敗2無効試合。身長180センチの右ファイター。

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