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July 3, 2005 - July 9, 2005

2005.07.09

五輪 野球、ソフトボールを除外

 国際オリンピック委員会(IOC)はシンガポールでの第117回総会で、2012年ロンドン五輪の実施競技から野球、ソフトボールを除外することを決めた。
 1992年バルセロナ五輪で正式採用された野球は、世界的な普及度の低さなどから支持を得られず、5大会で五輪から姿を消すことになった。
 女子競技の充実の一環として1996年アトランタ五輪から採用されたソフトボールは、世界的な普及度の低さなどから支持を得られず、4大会で実施しただけで五輪から姿を消すことになった。
 IOCはこれを受けて理事会を開き、新採用候補のゴルフ、7人制ラグビー、空手、スカッシュ、ローラースケートの中から入れ替え競技を選定。総会に提案し、3分の2以上の賛成があれば採用する。
 総会は現行の28競技が存続にふさわしいかを1競技ずつ投票にかけた。野球が存続に必要な過半数の賛成を得られなかったのは、米大リーグの一流プロ選手の五輪参加の見通しが立たないことや、普及度の低さが影響したとみられる。ソフトボールも、人気の低さや競技力が一部の国・地域に偏っていることなどが影響したとみられる。
 野球は3年前の総会でソフトボール、近代五種とともに除外対象に挙げられたが、手続きが拙速などとして実質的な審議はされなかった。今回は総会に先立ちプログラム委員会が各競技の評価報告書を作成。事前に除外対象を決めず、全競技を平等に吟味した。
 イチロー・米大リーグ・マリナーズ外野手「僕には野球に限らず五輪はアマチュアの人にとって最高のもの、という認識があった。これでアマチュアの人たちのモチベーションがどうなるかが心配。日本国内でもそうですが、野球が行われる機会が、ここ何年かで減り続けている…」
 豊蔵一セ・リーグ会長「まさかと思っていたけど厳しいね。日本は五輪を国際化の柱としていただけに水を差されたような気がする。ヨーロッパの立場からすると、まだ野球はマイナーな競技と思われているのかもしれない」
 川淵三郎JOC副会長(日本サッカー協会会長)「残念としか言えない。ともに人気の高い競技だし、特に女子ソフトボールが五輪で果たした功績は大きい。JOCとしては彼らの復帰を考えるのが最優先だ」
 猪谷千春IOC委員「残念だった。サプライズな結果です。野球の盛んな国がまだ限られている。もっと5大陸で盛んなスポーツになることが重要な課題だ」
 岡野俊一郎IOC委員「ショックだ。大丈夫だと思っていたのに。日本のメダルが二つ減る。存続へいい方に向いていると思ったが…。野球とソフトボールのIF(国際競技連盟)の動きが感じられなかった」
 日本高野連・脇村春夫会長「高校野球でもAAA(18歳以下)のアジア大会や世界大会に参加するなど、野球の国際化に務めてきただけに残念。オリンピックの枠から外れると財政支援が必要な途上国での野球の発展が一層厳しくなると予想される。これまでの支援や普及活動を地道に続けるしかない」
 竹田恒和・日本オリンピック委員会会長「残念です。28競技すべてが残るのではないかという意見が多かったが…。結果は仕方がない」
 宇津木妙子・ソフトボール前日本代表監督「残念なのと悔しいのと、もうそれだけです。五輪実施競技にもう1回何とか復帰という気持ちはあるけど…。選手が気の毒。北京五輪があるのだから頑張ってほしい」
 川廷栄一・前JOC副会長「いくつものことが積み重なった。野球とソフトボールは世界的に普及していない。米大リーグの薬物問題やベストの選手を五輪に派遣しないことが響いた」
 ジャック・ロゲIOC会長「野球、ソフトボールはがっかりしているだろうが、北京五輪では残るし、永久に五輪から競技としての資格を失うわけではない。2競技のリーダーの努力を望む」
 フランコ・カラーロIOCプログラム委員長「IOCが新しいスポーツを迎え入れたいと願っていることが2競技除外の理由だろう。ソフトは野球の女性版と解釈され、野球を除外するならソフトもと判断した委員がいたのではないか」
 アルド・ノタリ国際野球連盟会長「米大リーグ選手が出場していないという現実が最大の問題だ。将来の復帰を目指して全力を挙げるとしか言えない。世界的な普及という観点ではアジア、欧州に広がりはあるが高いレベルではなく、アフリカは非常に厳しい普及状況だ」
 ドン・ポーター国際ソフトボール連盟会長「多くのIOC委員が存続を支持すると言ってくれていたのに、この結果は驚いた。IOCのわれわれに対する評価は決して悪くないものだった。五輪復帰を目指して全力を挙げる」
 松田昌士・全日本アマチュア野球連盟会長「誠に残念だが、この結果を受け止め、野球競技の国際的普及、特にアジア地域における振興に力を注がなくてはならない。野球は世界に誇る象徴的な競技であると確信している」
 小池唯夫パ・リーグ会長「長嶋ジャパンでやってきて、盛り上がっていた訳だから、残念な結果になったと思う。驚いている。野球の五輪参加についてはこれまでも継続するように働き掛けてきた。十分に理解されず、こういう結果になったのは残念に思う」
 王貞治ソフトバンク監督「スポーツとしてのよさを認めてもらえなかったのは大変残念。せっかくここ何大会かで定着しつつあり、これからだと思っていたのに。北京ではぜひ金メダルを取ってほしい。野球界として、もう一度入れてもらえるよう頑張らないと…」
 長船騏郎・全日本野球会議日本代表編成委員長「まったく予想外の結果で困惑している。当面はアマ、プロ野球界が協力して北京五輪での金メダル獲得に最善を尽くすことが大事だ」

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2005.07.08

芥川、直木賞の候補決まる

第133回芥川、直木賞の候補作が決まった。直木賞は候補7人のうち6人が初のノミネート。選考会は14日に開かれる。
 【芥川賞】
 ▽伊藤たかみ「無花果カレーライス」(文芸夏号)
 ▽楠見朋彦「小鳥の母」(文学界6月号)
 ▽栗田有起「マルコの夢」(すばる5月号)
 ▽中島たい子「この人と結婚するかも」(すばる6月号)
 ▽中村文則「土の中の子供」(新潮4月号)
 ▽樋口直哉「さよなら アメリカ」(群像6月号)
 ▽松井雪子「恋蜘蛛」(文学界6月号)
 
【直木賞】
 ▽絲山秋子「逃亡くそたわけ」(中央公論新社)
 ▽恩田陸「ユージニア」(角川書店)
 ▽朱川湊人「花まんま」(文芸春秋)
 ▽古川日出男「ベルカ、吠えないのか?」(文芸春秋)
 ▽三浦しをん「むかしのはなし」(幻冬舎)
 ▽三崎亜記「となり町戦争」(集英社)
 ▽森絵都「いつかパラソルの下で」(角川書店)

 候補者の出身地は次の通り
 【芥川賞】
 ▽伊藤たかみ=神戸市
 ▽楠見朋彦=大阪府
 ▽栗田有起=長崎県
 ▽中島たい子=東京都
 ▽中村文則=愛知県
 ▽樋口直哉=東京都
 ▽松井雪子=東京都

 【直木賞】
 ▽絲山秋子=東京都
 ▽恩田陸=宮城県▽朱川湊人=大阪市
 ▽古川日出男=福島県
 ▽三浦しをん=東京都
 ▽三崎亜記=福岡県
 ▽森絵都=東京都

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2005.07.07

貴乃花親方「不可解」

貴乃花親方は兄の花田勝さんが故・二子山親方(元大関・初代貴ノ花)の遺産の相続放棄を電撃発表したことに不信感を強めた。「放棄すると発表した趣旨と真義が分からない。当事者からは何の連絡もないのが一番不可解」と困惑顔で話した。勝さん側は相続放棄の手続きをもって「問題は解決」としているが、逆に全財産を相続する貴乃花親方側の疑心はさらに深まった。自分が知る前にマスコミで「順番が狂っている」
一晩寝ても、兄の行動の真義は分からなかった。貴乃花親方は勝さんの相続放棄発表から一夜明けたこの日の朝げいこ後、名古屋市の宿舎で報道陣に困惑顔で話すしかなかった。「文書は(報道などを通じて)拝見しましたが、私のところに届いたわけではない。遺産を放棄するなら当事者間で連絡があるのが普通。どういう趣旨で、真意は何なのか? 分からないので対応のしようがありません」そして「不可解」を連発した。
 困惑の一番の理由は、自分が知る前にマスコミで発表されたという点だ。「順番が狂っている。この問題の当事者は花田勝と花田光司の2人だけ。片方の当事者からは何の連絡もない。これでは問題はもっと長引きますよね」と話し「遺産放棄と書いてあるけど、何をどう、いつ、誰が、というのがない」と首をひねった。故人の財産に関する重要書類が入った黒いバッグがなぜ、知らないうちに故人の代理人によって保管されているのか、など理解できない点がまだ多すぎるからだ。
 だが、勝さんにもくろみがあるわけではない。相続放棄の効力は、約1か月後には発生する見通しで、親しい人には「問題は解決済み。今後は自分の事業に専念したい」と話しており、弟との騒動を振り返る考えはない。
 貴乃花親方は遺産の唯一の相続人となったことで「父から継承した相撲道を守り、発展させたい」という希望はかなえられるはず。だが、兄に対して振り上げた拳の下ろしどころが分からない状態も事実だ。勝さんの決断をもってしても、完全な解決には至っていない。

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2005.07.06

プレーオフ、セも導入へ

プロ野球人気を取り戻すため、セ・リーグもプレーオフ制の導入を検討していく方針を固めた。実行委員会の前に行われたセ理事会で、6球団が球界の改革案を報告書として提出。その中で横浜が提案した。横浜は以前からプレーオフ導入に積極的で、さまざまな方法を模索しながら、理事会や実行委員会にあげる姿勢を明らかにしていた。
 横浜案を受けて、他球団も独自の意見を披露した。前後期制から、パ・リーグにならった1位から3位までの方式を含め、非公式ながら複数の意見を交換した。正式な議題には上らなかったものの、今後もセ理事会で検討していくことでまとまった。関係者によれば、プレーオフ制については複数の球団が関心を示しており、具体案の中身によっては急速に議論が進み、早ければ来季の導入へ向けて動き出す可能性もあるという。
 背景には、野球人気の復興がある。ファン離れは程度の差はあるものの各球団共通の課題。交流戦導入で観客動員、収入の減少を報告した横浜やヤクルトにとっては、より深刻な問題となっている。交流戦は来季も1球団36試合の前半戦集中開催が濃厚。優勝争いから脱落した球団はファンに訴える話題に乏しく、目玉となるイベントを求めるのもうなずける。
 黒字経営を続ける巨人にしても、ファン離れは切実な問題だ。03年、パ・リーグのプレーオフ導入決定後、当時の渡辺恒雄オーナー(現球団会長)は、パの3位チームが勝ち残ってセの優勝チームと争う場合の日本シリーズの正当性に疑義を唱えたが、巨人と球界を取り巻く状況は変わった。清武代表は柔軟な発想で構造改革に取り組んでおり、交流戦後、「ファンは常に新しいものを求めている」と総括したことから、他球団の求めに対して議論でこたえる姿勢はある。リーグとして、より具体的な議論に発展していく可能性は十分にある。
 パ・リーグに活気をもたらしたプレーオフ。横目で見ている必要はない。セ・リーグも導入へ向けて、小さいが、確実な一歩を踏み出した。

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2005.07.05

長嶋さんが笑顔で観戦

0705 巨人ナインは長嶋元監督の観戦を勝利で祝おうと、試合前から気合をみなぎらせた。
 一塁ベンチ前で高橋由選手会長を中心に円陣を組んだ。先発メンバーは守備位置に向かう際、バックネット裏のスイートルームで見守る長嶋元監督に脱帽し、一礼した。小久保は「今日は146分の1の試合ではない。勝ちゲームをお見せしたい」と力を込めていた。
 長嶋茂雄終身名誉監督「久しぶりに東京ドームに来て、やっぱり野球場はいいなと思いました。ファンの皆さんの声援や選手のプレーに勇気づけられました。またドームに来て、ファンの皆さんと一緒に応援したいと思います」と、球団を通してコメントを発表した。
 巨人・長嶋一茂球団代表特別補佐「父は観戦をすごく心待ちにしていたと思う。ドームに来られるところまで回復して本当に良かった。まだまだ道のりは長いと思うが、みなさんからパワーを頂き、復帰に向けての意欲が高まったと思う」
 巨人・高橋由伸選手会長「こういう日が早く来ることを願っていた。遠くからだったが、元気な姿を見られてうれしかった。勝てればよかったんですけど…」
 巨人・堀内恒夫監督「球場に来られるほど元気になったのは喜ばしい。まだまだ借金があって本当にお迎えできるほどのチーム力はない。できれば勝ちたかった」
 巨人・滝鼻卓雄オーナー「元気だった。驚いた。オーナーになってから長嶋さんと会うのはきょうで4度目だが、会うたびに言語が明瞭(めいりょう)になっている。僕にとってはうれしいことだ」
 ソフトバンク・王貞治監督「みんなが待ち望んでいただけに、長嶋さんの笑顔が見られてよかった。これからも、どんどんファンの前に元気な姿を見せてほしい」
 ヤンキース・松井秀喜外野手「ファンは元気な姿を見たいでしょうし、元気な姿を見せてほしい。だいぶ元気になられていると思う」
 ヤクルト・宮本慎也内野手(アテネ五輪主将)「人前に出てこられる体調になったことは喜ばしい。1日も早くグラウンドでお会いできるのを楽しみにしている」
 ヤクルト・古田敦也捕手「たくさんのファンが元気な姿を心待ちにしていたし、僕も見たかった。いい野球をして、今以上に元気になっていただきたい」
 西武・松坂大輔投手「元気になられてうれしい。ただ、本当の意味での復帰は長嶋さんが思った場所に行けることだと思う」
 ヤクルト・若松勉監督「野球好きだから、闘病中もその一心で動いていたと思う。出てきただけで場が明るくなる」
 広島・山本浩二監督「元気になられて良かった。これから観戦の機会が増えるんじゃないか。うちは一生懸命プレーして、見てもらおうという気持ちだった」
長嶋一茂氏に聞く
 ―大声援に迎えられての観戦だったが。
 「すごく心待ちにしていたと思う。スタンドの歓声には本人が一番感激していたと思う。グラウンドのにおいをかいで気持ちいいと言っていた」
 ―観戦を終えて。
 「今まで眠っていた感覚が、みなさんの声援を受けることで起きてくれればという意味合いがあった。きょう、この場に父の意思で来られたことは本当に良かった。気持ちよく帰ったと思う」
 ―巨人が低迷していることについては。
 「まだまだあきらめるには早過ぎる、野球は何が起こるか分からないと話していた」
 ―公の場に姿を見せるまでの苦労は。
 「まだまだ完全な体調には程遠い。リハビリの大変さを感じた。思うようにいかない部分に、もどかしさもあったと思う。このドームに来られるところまでやっと来たなと思ってホッとした」
 ―今後について。
 「きょうは復帰までの一つのステップ。パワーを頂いた日だった。復帰に向けての意欲も高まったと思う。普通に球場に来られるような状況になれば一番いい」

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2005.07.04

曙“秘殺”デビュー

0704大相撲の元横綱、曙=チーム・ヨコヅナ=が本格的プロレスデビューを豪快な白星で飾った。曙は、ビッグショー)と合計体重450キロ超の巨漢タッグを結成し、カリート・カリビアン・クール、マット・モーガン組と激突。8分40秒、ヨコヅナズ・ドロップからの体固めでモーガンからピンフォール勝ち。デビュー戦でリアルヨコヅナの実力を存分に発揮した。今後はK―1とプロレスの2つの分野でマルチファイターとして大暴れしていく。
曙がリングを疾走した。ビッグショーが相手につかまり、コーナーに立ち続けた8分過ぎ。タッチを受けるとモーガンを突っ張りでコーナーポストに叩きつけた。カリートには初のプロレス技となる巻き投げに、セカンドロープからのヨコヅナズ・ドロップで尻を落としてKO。さらにモーガンをショルダータックルで吹っ飛ばし、2度目のヨコヅナズ・ドロップ。両手を高々と上げながら、3カウントを聞いた。わずか40秒。1人でカリートとモーガンを沈めた。
 WWEに染まった。注目のコスチュームは、黒とオレンジのボクサートランクスにノースリーブシャツ。背中には第64代横綱を表す「64」が大きくプリントされていた。ビッグショーのセコンドを務めた1日はブーイングを浴びたが、この日は歓声のみ。コーナーでモーガンに殴られると、タッチをせずにリング内に突進した。相棒を励ます手拍子を観客に促すなど、プロレスラー曙に“進化”していた。
 多くの団体から熱望されたプロレスデビューは、クリスティーン麗子夫人の反対もあって二の足を踏んでいた。だが、WWEが世界最大の団体であることと、格闘技通のアーティスト、エリック・クラプトンの勧めもあって決意した。
 今後は、K―1ハワイ大会での崔洪万=韓国=との再戦、「WRESTLE―1GP」(8月4日、東京・両国国技館)のグレート・ムタ戦と続く。「引退した時に一番強い人とやりましたと言いたい」という曙が、K―1とプロレスをまたに掛け、格闘ロードを歩んでいく。

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2005.07.03

ライブドア、料金500円の映画館

山形市に500円で映画を楽しめる映画館「ファイブコインズ・シネマ」(80席)が誕生した。映画館を手掛けるのは、山形県の「ケーブルテレビ山形」と、ライブドアの堀江貴文社長が代表を務める映画配信会社「ブロードバンドピクチャーズ」
 両社は昨年、ライブドアがプロ野球新規参入を図った際に試合の中継などで提携を合意。これが今回の映画館運営のきっかけとなったという。
 BBPによると、上映されるのは、新進の監督がフィルムを使わずに制作したデジタル映画で、500円で公開できるという。料金にはポップコーン一つも含まれる。
 BBPは昨年約30本の映画を制作し、インターネットなどで公開した。映画館ではBBPが今年制作する映画50本を上映する予定。BBPは今後、同様の映画館を横浜、札幌など全国20か所に展開するという。
 この日は、加納周典監督の「おまえが嫌いだ」など2本が上映された。オープンイベントでは、監督と出演者の舞台あいさつも行われ、立ち見が出る盛況だった。

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