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May 8, 2005 - May 14, 2005

2005.05.14

大井で史上最高1300万配当!的中1票

13日に行われた地方大井競馬2Rの3連単で、競輪、競艇などを含めた公営競技史上最高となる1300万390円の配当が出た。14頭立てのダート1200メートル戦で1着は10番人気ベルモントジャイブ、2着は11番人気レールッコ、3着は13番人気チャームブリッジで決まった。3連単2184通り中1906番人気で、的中票数はたった1票(100円)だった。
 今年4月9日に中央福島競馬9Rの3連単で初めて1000万円台の配当となる1014万9930円を記録したばかりだが、わずか1カ月余りで塗り替えた。

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2005.05.13

障害のある子どもたちを九重の山に連れて行こう!!

ぴかくん大分ありんこ山の会」(中島知夏子代表)は八日、九重町の黒岩山(1503メートル)で登山会「障害のある子どもたちを九重の山に連れて行こう!!」を開いた。
 「海やプールには簡単に連れて行けるが、山にはなかなか行けない」という障害児を持つ親の話を聞いたのがきっかけで始めた。三回目。
 四歳から二十歳までの障害児十二人と、陸上自衛隊別府駐屯地や大分分屯地の隊員、別府市消防本部の救急救命士、高校生などのボランティアら約三百人が参加した。子どもの名前を付けた十二の班に分かれ、自力での登山が難しい子どもたちを手作りの担架や背負子に乗せたり、手を引いて山頂を目指した。最年少の三股千弥里ちゃん(4っ)=大分市=は「歩けるところまで頑張って歩きます」
 約一時間半で全員が登頂。天候に恵まれて見晴らしが良く、子どもたちはさわやかな風を全身に受けて気持ちよさそうだった。
 中島会長は「ボランティアや寄付をしてくれた方たちの善意で開催できた。障害児を手助けすることで、周りの大人たちも成長させてもらっている。これからも続けていきたい」と話した。

大分合同新聞社の記事より

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2005.05.12

34歳の新十両初白星

出羽の郷史上最年長34歳の新十両・出羽の郷=出羽海部屋=が舞風に勝って初白星を挙げた。「長かった。これを15日間取ったらつらい。でも、うれしかった」と出羽の郷は関取初勝利を十代の若者のように素直に喜んだ。額の後退は、床山さんが力士の象徴である大銀杏を結うのも苦労する状況と言っていい。
 かつて人気が沸騰し出した貴乃花が、十両に上がったころ、支度部屋ではほかの力士に迷惑が掛かる、として記者クラブで会見を行ったことがあるが、この場所で取材を受けるのはそれ以来だ。
 「初日、2日目は体が動かなかった」と言う。しかし2日間の緊張が、この日はうそのようにほぐれていた。「自分の相撲を取りたかった」というが、まだ取り口は自分でも不満は残る。「強引すぎたよ」。立ち合い、右のまわしを取りにいったが、逆にもろ差しを許した。寄られたが、左腕を相手の首に巻き、右上手で倒した。
 花道を引き揚げるとき大きな声援を受けた。出羽の郷は「頭の中が真っ白になった。これほどまで声援が多いとは、感無量です」と目頭を熱くした。34歳5カ月の昇進は戦後で最高齢の昇進、初土俵以来、所要114場所は史上1位のスロー記録。話題の少ない大相撲で注目を浴びているのだ。
 初土俵が昭和61年夏場所というから土俵生活19年。「とりあえず1番勝った。明日も勝てればいいな」。控えめな苦労人にやっと光が差し込んだ。

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2005.05.11

北朝鮮戦のバンコク開催決定

国際サッカー連盟(FIFA)はワールドカップアジア最終予選の北朝鮮―日本を第三国での無観客試合とするとの規律委員会の処分について、期限内に北朝鮮サッカー協会が上訴しなかったことで処分が確定し、この試合を6月8日にバンコクで行うと正式に発表した。
 FIFAは緊急事項解決のための小委員会を開催して決定。両国サッカー協会にもバンコク開催を通告した。これによると、試合開始は日本時間の午後7時35分。詳細は数日以内に連絡するとしているが、会場はラチャマンカラー国立競技場となる見通し。
 FIFAはこれまで、上訴期限は文書受領の翌日から3日間と説明。9日に北朝鮮協会の受け取りを確認したため、12日まで異議申し立てができるとみられていた。しかしFIFAの広報担当者は9日、この説明が誤りだったことを認め、上訴期限は既に締め切られたと訂正した。
 北朝鮮側は「体育新聞」の論評で処分を批判しており、今回のFIFAの代替開催地決定に至る手続きに反発する可能性もある。

北朝鮮―日本戦に関し、韓国の与野党議員121人が9日、韓国での開催を求める請願書を発表した。今後、FIFAに請願を行っていく予定という。
 文書は、処分理由とされた3月30日の平壌での北朝鮮―イラン戦の際に起きた観客の暴徒化について「弁明の余地はない」としながらも、FIFAの処分は「過酷すぎる措置」と指摘。少なくとも無観客試合とはしないよう訴えた。
 その上で「『第三国』として韓国を指定することで北朝鮮と日本のサッカー競技が平和と和合の基盤となる契機になる」と訴え、同試合の韓国での開催を求める立場を示した。

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2005.05.10

高橋尚子が独立、師弟関係解消

高橋尚子シドニー五輪女子マラソン金メダルの高橋尚子選手=スカイネットアジア航空=が、指導を受けてきた佐倉アスリートクラブの小出義雄代表の下を離れ、今後は独力で競技活動を続けることになった。同選手が東京都内で小出代表とともに記者会見して発表した。
 高橋選手は小出氏を慕い、1995年にリクルートに入社。97年に同氏らとともに積水化学に移籍し、二人三脚でシドニー五輪金メダル獲得につなげた。小出氏が2002年末に積水化学を退社した際も、翌年2月に同社を退社して行動を共にし、10年間に渡って「師弟関係」を結んでいた。

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2005.05.09

職員、事故当日、民主党衆院議員と宴会

事故現場JR西日本の車掌や運転士らでつくるグループのメンバー39人が、福知山線の脱線事故当日の夜、篠山市内の保養施設で、地元出身の梶原康弘・民主党衆院議員=比例近畿ブロック=を招き、宴会を開いていたことが分かった。
 出席者の多くが事故現場を管轄する大阪支社の社員で、全員が事故の発生を知りながら宴会を中止せず、冒頭に事故の犠牲者に黙とうした上で飲酒やカラオケを楽しんでいた。
 JR西は、同じ事故当日に社員がボウリング大会を開催していたほか、4月30日までの間に社員延べ185人が、事故を知りながらゴルフなどをしていたことが分かり、幹部が謝罪したばかり。今回の宴会について同社は「私的な会合なので公表しなかった」としている。
 グループは、同県丹波市や篠山市在住の社員などでつくる親睦団体「丹波群団会議」。関係者によると、宴会は年1回開かれる1泊2日の親睦会で、鍋料理とビール、焼酎が出された。カラオケのある施設内のラウンジで2次会も開かれた。
 梶原議員によると、丹波市に住む友人の車掌に誘われ、1次会に約1時間出席した。「利用者の信頼を取り戻すために頑張ってほしい」と脱線事故に触れたあいさつをしてビール1本程度を飲んだ。JR西の管理体制など事故に関する話題が大半を占め、信楽高原鉄道事故の話も出たという。
 梶原議員は「現場の車掌らに事故の話を聞きたかったので参加したが、遺族感情を考えると、酒を飲んだことは軽率だったと反省している」と釈明している。

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2005.05.08

ホンダF1出場停止

ホンダのF1チーム「BAR」が、文字通りF1界からBAR(追い出す、閉め出す)されることになった。
 4月24日のサンマリノGPでは、バトンが3位、佐藤琢磨も5位に入ってリズムを取り戻したかに見えたBARホンダだが、F1の統轄機関FIAの国際控訴裁判所はパリで「2レースの出走停止処分」を裁定した。
 FIAは当初、BARの違反を悪質とみて、少なくとも今シーズン残り全レースの出走停止と高額の罰金を決めたが、BAR側の上訴で、比較的軽い裁定に落ち着いたという。
 CNNやBBCが生ニュースでBARのCEOニック・フライらのインタビューを流していた。
 当然のことながら通信社も「ライバルのトヨタ・チーム関係者の話」を付加してニュースを仕立てており、おやおや、とため息が出てしまった。トヨタとホンダは、F1においてライバルでも何でもない。この2チームのF1とのかかわりはそれぞれ全く異なるレベルにあるのだが、やはり外からはそう見えるのだろう。レース界の裏側を勘ぐらせるような含みも、一部では見られた。
 それはともかく、テレビニュースだけでは詳細は分からなかったのだが、BARはサンマリノGPで規定重量に欠ける重量でゴールしたらしい。
 FIAによれば、BARは燃料タンクの中に「2つ目のタンク」を隠していたとのことで、この中に15リットルの燃料を入れたまま、ゴール後の車検を受けた。これはだましであり、悪質だというわけだ。
 BAR側の説明では、これは隠したタンクではなく、燃料タンク内の本来のガソリンを加圧して送り出すためのもので、重量や燃料を細工するためのものではない。そもそもこのあたりの「規定」はあいまいであり、罰則を受けるいわれはない、ということだ。
 矛盾した解説もあり、この時点では何がどうなっているのか、レース素人にはよく分からないことをお断りしておくが、最終的には「FIAの(規定の)側にも問題はあった」ということで、処分は2レースに落ち着いたらしい。むろん、BAR側はさらに抗議を続け、次のスペインGPにカムバックしたいと発表している。
 処分に従えば、スペインGPと、モナコGPは欠場。次の欧州GPからの復帰となる。 当然、サンマリノでのバトンと佐藤の獲得ポイントは取り消される。
 WRCラリーではトヨタが重大な違反で活動停止処分を受けたことがあるが、F1でこのような処分が出たのは、ずいぶん昔だったと思う。確か84年ころ、ティレル・フォードが、空気の採り入れ口に細工して効率を上げる工夫をしたことで、3レースほど出走停止となった。
 あのときも「ほう、なるほど」とマニアをうならせるアイデアだったが、今回の「2つ目の燃料タンク」も、そういった線上の「戦い」なのだろう。
規則がある。 それに従いながらもその中で何とか次のステップに踏み出すアイデアを探す。エンジニアとしては当然の戦いだ。明白な燃料違反などは論外としても、「規定」に対する冒険精神、挑戦者魂は、いちがいに「ダーティー」とは決めつけられない。
 問題は、それでエンジニアが挑戦をあきらめるか、それでも「これでもか」と彼らなりの戦いを続けるか、だ。
 チームの人事など、もう少し複雑な人間関係の裏話がありそうな今回の事件だが、数年前まで「BARとはビリで後がないレースチームの略だ」などと馬鹿にされていた“成り上がり”の意地を、もう一度見せて欲しいと思う。

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