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March 27, 2005 - April 2, 2005

2005.04.02

飛ばないボール

4600737312_0331topスポーツ用品会社ミズノは同社が開発した低反発の「飛ばないボール」を採用するプロ野球8球団のうち、中日だけが従来の縫い目が低い麻糸のボールを使うと発表した。巨人、横浜、西武、ソフトバンク、日本ハム、ロッテ、オリックスの7球団は国際大会の使用球に近い縫い目が高い綿糸を採用する。
 パで唯一、ミズノ製を採用しない楽天はゼット製の縫い糸が麻糸のものを使っているが、4月11日のソフトバンク戦から綿糸に変更する。パ・リーグ理事会で変更が承認された楽天の井上球団取締役は「他球団の基準と統一した方がいい」と説明した。

 楽天の井上智治球団取締役が東京・内幸町で行われた実行委員会の席上、各球団に対し、異例の戦力補強の協力を要請した。楽天は開幕戦で歴史的勝利を挙げたが、その後は4連敗。わずか5試合で「寄せ集め集団」の戦力不足が歴然となった。11球団の代表者に頭を下げた井上取締役は「一般論としてみなさん協力するということだった」と話した。これに対し、巨人の清武球団代表は「球界を盛り上げないといけないから、あまり弱いと困る」と、戦力均衡の必要性に理解を示した様子だった。
 
ソフトバンクの角田雅司球団代表は実行委員会でソフトバンク系の投資会社ソフトバンク・インベストメント(SBI)がヤクルトの球団株を20%保有するフジテレビ株を借り受けて筆頭株主になった件で、他球団の株所有を禁じた野球協約183条に抵触しないとの認識を示した。
 

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2005.04.01

楽天100敗ペース あぁ4連敗

0330rakuten1勝って仙台へと帰りたかったが…。IT対決3連戦。楽天は1つも、勝たせてもらえなかった。ソフトバンクに0―8の完敗を喫し4連敗。開幕戦を岩隈で勝っただけで1勝4敗。136試合に換算すると27勝109敗になってしまう。
 田尾ダッシュも不発に終わった。金田が7回1死二、三塁でカブレラを迎えたとき、指揮官はマウンドへ走った。開幕勝利を飾った26日のロッテ戦の8回、岩隈のもとへ駆け寄って激励して以来、4試合ぶりの登場。敬遠を指示して併殺をねらったが、金田は続く井出に左翼線安打を許し、7失点の火だるま。ゲームが決まった。
 それでも指揮官は投手陣を責めることはしなかった。1点を追う6回2死満塁、最大のチャンスに吉岡が三振。「打線が湿りすぎ。打線が点をとってくれれば投手陣のよさは目に見えてくるのだが」先発の矢野は一場の代わりに食い込んだ急ごしらえの5本目の柱だったが、バティスタに一発を食らったもののローテは合格だ。
 小野投手コーチは「あとは後ろだよ。チクショー。やられる回数を10回まで伸ばせば点を取られないんだが」と悔やんだ。この3連戦、炎上イニングは、28日は5回4失点、29日は6回5失点、そしてこの日は7回7失点と“後退”しており、3連敗の中にも進歩はあった。
 試合後のコーチ会議で打線のてこ入れを話し合い、代走要員の森谷を落とし、鷹野の昇格を決めた。4月1日のフルキャストスタジアム宮城でのホーム開幕戦へ仕切り直す。31日には仙台では開幕前夜祭が行われ東北全体で盛り上がる。「まだ始まって5試合ですよ。まだ131試合ある。これからいい試合を見せますよ」と指揮官は取材に応じ、宿舎への通路でファンが求めるサインに応じた。何敗してもファンの声援は変わらない。それだけが楽天の強みだ。

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2005.03.31

中田英寿、進退かける

4456426427_0329nakataサッカー日本代表のMF中田英寿が、W杯最終予選バーレーン戦で自らの代表生命を賭けてキラーパスを復活させる。代表で初めてボランチ先発となる中田は、かつてないほど強い口調で必勝を宣言。ポジションはボランチだが、かつての代名詞だった“高速スルーパス”を攻撃陣に通し、日本を勝利に導く。
ジーコ・ジャパンが直面した最終予選序盤の天王山を前に、中田英は鋭いまなざしで言い放った。「勝たなければいけない。それ以外に何かありますか?」
 日本代表63試合目で初のボランチでの先発だが、必勝宣言の根拠は「キラーパス」の復活にある。98年フランスW杯、セリエAペルージャ、ASローマ時代の最大の武器は高速の長距離スルーパスだった。01年のパルマ移籍時から、不調に陥るとともに代名詞ともなっている絶妙のパス出しを見せる機会は激減していたが、右サイドで中田英と緊密な関係を構築するはずのDF加地亮が証言した。
 「ヒデさんとは話していない。あの人はもっと前の方、2トップを狙っている。左サイドに動くことも多い」加地はイラン戦で中田との細かい連係を見せ右サイドから局面を打開した。だが、この日の加地の言葉は、勝利以外の結果がジーコ監督の更迭危機さえも呼ぶ大一番で、中田が中盤の底から2トップへの決定的なスルーパスを狙うスタイルに切り替えたことを意味する。「僕自身あのポジションは昨年ボローニャでもやっている。目新しいものはない」中田は淡々と語るが、中盤低めの位置から攻撃を組み立てる「レジスタ(演出家)」での起用を決断したジーコ監督も復活に太鼓判を押した。「彼の良さを出すにはもう少し後ろからのパス出し、攻め上がりがいいと思った」背後からの圧力が強いトップ下より、常に前方のスペースをうかがえるボランチでこそ、中田本来のキラーパスが出る。「ヒデさんは縦にボールを入れようとする。その時にFWに近い位置でプレーできれば」と俊輔も中田のプレーを意識している。
 自らの代表進退もかけている。「ジーコは中田がこの2戦で結果を出せなければ、もう代表に呼ばないと僕個人は思う」と最大の理解者、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンがイラン戦前に語った。バーレーン戦の結果は、中田の代表復帰を決断したジーコ監督の命運をも左右する。監督だけでなく、中田にももう後はない。責任感の強い男が、黄金の右足に万感の思いを込める。

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2005.03.30

よみがえれ中田

4026753618_0328nakata_top中田英が日本の「心臓」としてよみがえった。日本代表はさいたま市内で浦和東高との練習試合を行った。W杯アジア最終予選、バーレーン戦(埼玉)に向けた実戦形式の最終テストで、MF中田英寿(28)=フィオレンティナ=が右ボランチとして前半45分をプレー。長短のパスを織り交ぜて、攻撃の起点となった。前半唯一のゴールとなった9分のオウンゴールも、中田英が演出。代表での新境地で、エースが輝きを放った。
攻撃的MFからボランチにコンバートされた中田英が日本の「心臓」として機能し始めた。相手は高校生。結果は関係ない。実戦形式でいかに自分たちの形を確認し、表現できるかが重要だった。4バック(4―4―2)から3バック(3―5―2)に変えた布陣。その最終テストで復活をかけるエースがチームの軸となり、攻撃を掌握した。
特徴は常に前方を意識したプレーだ。鋭い縦パスがFWに入る。両サイドの加地と三都主にスルーパスも通した。中田英が後方から攻撃的なパスを送ることにより、チームに積極的なリズムを生んだ。前半9分、中央から右の加地に右足でスルーパス。そこからのクロスが相手のオウンゴールを誘った。ゴールへの意識も強く4本のシュートを放ち、3本が枠をとらえた。累積警告で欠場する小野伸二の穴を埋めた中田英は、より鋭角的な切れ味を見せ危険な存在となった。

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2005.03.29

楽天日本タイ敗

4026753618_0327いくら経験を早く積みたいからといっても、1試合で26点も取られなくても…。スコアボードに並んだ数字は、野球とは思えない。期待の先発・藤崎が立ち上がりからボロボロ。2回に有銘、小倉をつぎ込んでも炎上を繰り返すばかりで、その回11失点。さらに5回から登板した徳元が5失点、7回から登板したマイエットが7失点…。右翼席のロッテ・ファンが熱狂的応援を持続できないほど、ロッテ選手が本塁を駆け抜けていった。
 もはや楽天の初黒星、ロッテの得点球団記録などという、スケールの小さいゲームではなくなった。26点差の完封ゲームは92年9月1日の西武・近鉄戦の22―0を上回るパ・リーグ記録。1リーグ時代を通じても46年7月15日のグレートリング・ゴールドスター戦に並んだ。
 完封のされ方も最悪だ。4回に関川が四球、6回には長坂が中前に運び、ノーヒットノーランを免れたが、いずれも後続が併殺打を喫し、打者27人で仕留められた。記録上は楽天は間違いなく、“史上最弱”の称号を得たことになる。
 「あーあ、ようけ点を取られたなあ」田尾監督は首をひねりながらベンチから出てきた。「ファンの方たちにすまない気持ちです。20点以上取られるのは、1軍のレベルに達していないということ。(1軍と2軍に)そんなに差がないので、当然、入れ替えをしないといけない」と話し、コーチ会議の結果、小倉、有銘、徳元を降格させ、ベテランの河本、金田、谷中を昇格させることを決めた。開幕後もサバイバルを強調していた指揮官だが、2戦目にして入れ替えの決断を下すことになろうとは。
 三木谷浩史オーナーは開幕戦に続いて観戦したが、所用で5回を待たずに球場を後にした。オープン戦から開幕戦まで、“御前試合”3試合はすべて勝利しており、試合前は「きょうもいい天気になったね」と上機嫌だったが、見たくないものを見せられてしまった。
 順当に行けば、この日の先発はホッジスだった。開幕2戦目に藤崎を先発させる奇襲は、28日からのソフトバンク3連戦(ヤフードーム)にラス、ホッジスを並べて、勝ち越そうというねらいが見える。三木谷オーナー対孫オーナーの球界初のIT対決。「あしたから気分を入れ替えてゼロからスタートします」と指揮官。しかし、そのゼロから点を積み上げないことには、絶対に勝てない。

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2005.03.28

ダイエー再生

tp_030327産業再生機構の支援下で再建中のスーパー大手・ダイエーの新たな経営首脳に、前BMW東京社長の林文子氏)と日本ヒューレット・パッカードの樋口泰行社長の2人が就く見通しになった。林氏が会長兼最高経営責任者、樋口氏が社長兼最高執行責任者の方向で最終調整している。ダイエーは自動車販売の出身者、IT(情報技術)企業経営者という異色のトップ陣で再出発する。 この手段は産業再生委員長、高木新二郎管財人が生保の再生時の手口と同じだ、その時はヤナセの出身者だった。
 再建スポンサー企業の丸紅、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズと再生機構で調整し、月内にも発表される予定。経営陣の大幅な若返りをめざすとともに、小売り以外の経験者を選ぶことで拡大路線が裏目に出たダイエーのイメージ一新を図る。
 樋口氏は大阪大卒、ハーバード大大学院で経営学修士を取得。松下電器産業や米アップルコンピュータの日本法人を経て、03年5月から米IT大手ヒューレット・パッカードの日本法人、日本HPの社長。経営コンサルタントの経験もある。
 これまでも新役員候補として名が出ていた林氏は、フォルクスワーゲンやBMWなどを渡り歩き、競争の激しい自動車ディーラー業界で実績をあげた。女性客の多い食品スーパーへの転換を期す新生ダイエーのシンボルと期待されている。
 小売り経験のない新首脳の陣容に対し、巨大流通グループの経営者としての手腕を不安視する声も予想されるが、ダイエーの新取締役は8人の予定で、実務面は生え抜きの取締役らがサポートすることになりそうだ。

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2005.03.27

イランに負けた

03250068831サッカーのワールドカップ(W杯)アジア最終予選はB組第2戦の2試合を行い、3大会連続のW杯出場を目指す日本は10万人以上の大観衆を集めたテヘランのアザディ競技場で最大の強敵イランに1-2で敗れた。
 平壌でのB組もう1試合はバーレーンが2-1で北朝鮮を破り、イランとともに勝ち点4で首位に立った。日本は同3で3位に後退した。
 日本は1年ぶりにMF中田英寿(フィオレンティナ)が復帰するなど欧州組4人が先発に名を連ねたが、前半25分にハシェミアンに先制された。後半21分に福西崇史(磐田)がいったんは同点としたが、9分後にまたもハシェミアンに勝ち越し点を決められた。
 ジーコ監督「イランの勢いがいったん衰えたところで再び息を吹き返された。この結果を引きずらないこと。次のバーレーン戦に勝てば、どんどん可能性は広がる。選手はよくやった」
 福西「(ゴールは)柳沢が競ることは分かっていたので、どこかにこぼれ球が来ると思っていた。バーレーン戦はホームだから、勝たないといけない」
 宮本「全体を通して悪くはなかった。負けたが、これで下を向いて帰っても意味がない。(守備は)最初は難しい面もあったが、試合が進むにつれて対応できた」
予選黒星は97年韓国戦以来  
 日本がW杯アジア予選で負けたのは1997年9月、東京・国立競技場で行われたフランス大会予選で韓国に1―2で負けて以来、8年ぶりでW杯予選では14試合ぶりだった。
 30日に埼玉スタジアムでバーレーンと対戦する。

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