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March 6, 2005 - March 12, 2005

2005.03.12

タイソンがムエタイ?

タイソンボクシングの元世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)が、タイの伝統格闘技ムエタイ(キックボクシング)に転向する計画があることが分かった。
 タイで最近創設された世界ムエタイ・ボクシング評議会の会長が「9日夜にタイソンの代理人から転向したいので協力してくれとの連絡を受けた」と明かした。来週にも役員がタイソンと打ち合わせのため渡米するという。
 ただし、同会長は「リング外で人を殴ったり、相手の耳をかみ切ったりしないならば受け入れる」としている。

 名トレーナーカス・ダマトの指導を受け、脅威のダイナマイトパンチとすばやい身のこなしで一気に世界の頂点へ駆け上がった。しかしカス・ダマトが死んだ後、カス・ダマトが絶対に組んではいけないと言っていたドン・キングのプロモーターを受けるようになってからは精彩を欠き、強さは見せるもののあっさり負けたりして、ついには暴行事件を引き起こした。出所した後、カムバックしたものの耳噛み事件を起こすなど最盛期の強さは戻ってきていない。
最盛期のタイソンはモハメド・アリと並んで史上最強ボクサーの有力な候補である。

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2005.03.11

ミニ情報

00106二岡短信
 6回に代打で登場。オープン戦で初めての途中出場ながらも、2打数1安打。8回には盗塁を決めるなど、足技も絡め、軽快なプレーをみせた。「コンディショニング? まだまだだよ」と実戦で調整を積んでいる。
元木短信
 オープン戦初のスタメン出場。3回には初球の直球を左前安打し、キャプラーの3ランのおぜん立て。打席に入った2試合で必ず安打を放っている。「ストライクが来たら初球からいくつもりで打席に入っていた。必死でやっている」
仁志短信
 広島のエース・黒田から唯一の安打を放った。これまでファーストストライクから打っていく傾向だったがボールを見極めた。「シュートとか、いろいろ見てみようと思った」と開幕戦へ向けて対策を練っていた。
黒田短信
 「7番・遊撃」でスタメン出場。2回1死一、三塁から先制の左前適時打を放つなど2安打で絶好調ぶりをアピール。「まだまだ。僕の場合はもっとアピールしないとダメですから」
清原短信
 オープン戦7試合続けて4番で出場。試合前には「昨年の首位打者から勉強させてもらうわ」と、広島・嶋の打撃練習をケージ後方から見学。埼玉県出身の嶋は小学生の時に「西武ライオンズ・ジュニアファンクラブ会員」に入っており、清原は憧れの存在だったようで、意外な2人の接点が判明。試合では清原が2打席目に左前安打を放って貫禄を見せた。
岡島短信
 オープン戦初登板。9回1イニングを投げ、松本泰に一発を浴びた。「本塁打はしょうがないけど、その後の(四球、安打)がね。今後は登板間隔詰めて投げていく? そうなると思います」
真田短信
 広島戦に先発予定の右腕は、午前中、G球場で練習し、午後の飛行機で松山入りした。早くも4度目の登板となるが「結果にたどりつくまでの過程を、とにかく大切にして投げたいですね」。
桑田短信
 ジャイアンツ球場の室内練習場で、岩舘、十川雄を相手にフリー打撃に登板。約80球、キレの良いボールを投げ込み、空振り、バットを折る投球を見せた。「キャンプでもバッティングピッチャーをやっていなかったから」と、1阪神戦に向けて、順調に調整を続けている。
野間口短信
 右手首のけんしょう炎、かぜと体調を崩していたが復活。ジャイアンツ球場で約60球のピッチングを行い、教育リーグ・湘南戦の登板に備えた。短いイニングの予定だが「ゼロに抑えられればそれが一番。自分の体調管理不足で、ここまでの登板が流れたわけですから、結果を出してアピールできれば」と意気込みを語った。
久保短信
 オープン戦2度目の先発も3回に末永に2ランを浴びるなど5回4失点。「点の取られ方が悪い。自分の思った通りの投球ができていない。何ためにキャンプで練習してきたのか。練習のための練習だったのか、自分でよく考え直さないとダメだと思う」と厳しく自己反省。

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2005.03.10

里谷多英

images2月8日未明に東京都内のクラブで泥酔して警察に保護される不祥事を起こした長野五輪フリースタイルスキー女子モーグル金メダリストの里谷多英=フジテレビ=が全日本選手権(長野・白馬)からの再起と、2006年2月のトリノ五輪への変わらぬ意欲を語った。
 里谷は4日付で所属先のフジテレビから5日間の謹慎処分を受け、全日本スキー連盟からは世界選手権(16~20日、フィンランド・ルカ)の代表を外された。現在は実家のある札幌で猛省中。だが、競技に対する情熱は変わらなかった。
 「私にはスキーしかない。全日本にはエントリーしているし、出るつもりです」
 ただし、今回の事件で新聞、テレビ、雑誌などを騒がせたことから、大会には大勢の報道陣が訪れることも予想され、自身が出場することで周りの選手や関係者に迷惑がかかることを憂慮する。「迷惑をかけそうなら、今季は大会に出ない方がいいかもしれない」と状況を見極めながら慎重に判断する考えも明かした。
 「一部事実と異なる」という報道内容に精神的ショックも受けた里谷だが、来季のトリノ五輪に向け「引退」の2文字は心の中で打ち消した。「トリノ五輪は自分の中の最大の目標です」謹慎期間の最終日、“つまずいたエース”は02年ソルトレークシティー五輪に続く3大会連続メダル獲得へ力強く宣言した。

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2005.03.09

上原登板

4026753618_0307uehara_topエースがいよいよ2005年の戦いの扉を開ける。相手は新生オリックス。大阪ドームで、復活の第1球を投じることになった。大阪で生まれ育った上原にとっては、自らの原点とも言える場所から今季のスタートを切る。
 かつてない荒波のなかでオフを過ごしてきた。ポスティング(入札制度)での米大リーグ移籍を訴え、契約を越年保留。自費で臨んだキャンプ終盤にアクシデントは起きた。2月21日の練習中に右太ももに張りを覚え、別メニュー調整を余儀なくされた。それでもエースの自覚が、不安を一掃させた。キャンプ打ち上げ後はチームから離れ、東京・よみうりランド内のジャイアンツ球場で黙々と汗を流し、完全復活の日に備えた。
 機は熟した。右太ももの張りもなくなり、万全の状態で今季初の実戦マウンドに上がる準備は整った。これまで何度となく「自分のやるべきことをやるだけです」という言葉を繰り返すエースに対し、堀内監督も全幅の信頼を寄せている。キャンプイン前に早々と「(上原が)4月1日(の開幕戦)に合わせる? そうだろう。そうならないと困る」と話した指揮官の腹の内は既に決まっている。
 球団史上初となる6年連続開幕投手をエースに託すために、ローテーションを逆算して11日を「復活の日」としてはじき出した。天候に左右されない大阪ドームで今季初登板させた後、中6日で18日の中日戦(浜松)、その後はシーズン中の中5日登板を想定し、24日のヤクルト戦(神宮)に送り出す。昨季5勝0敗と抜群の相性を誇るツバメ軍団を相手に開幕戦へ弾みをつけさせたい、との首脳陣の狙いもそこにはある。
 「上原についてはまったく心配していない」と言い続けている堀内監督のエースへの信頼はまったく揺らいでいない。開幕投手については「最も信頼する投手を送り出すのがふつう」と話しており、昨年は上原のオープン戦最終登板の直前に「お前と心中する」と“伝達式”を済ませた。今季も同様の手順を踏むことになる。シナリオは完成した。エースの調整ロードはそのままチームの開幕ダッシュへとつながる。

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2005.03.08

清原2号

0306kiyohara_impact目で放物線を追いながらも、全速力で人工芝を駆けていた。これが清原の戦うスタイルだ。打った瞬間、それと分かる打球。手応え、角度、すべてが完ぺきだった。「よく飛んだ。広い福岡ドームで打てて気持ちがいい」と自画自賛。それでも白球の終着点が決まるまでは全力疾走。完全復活をかけた男が必死に戦う光景に、誰もが心を打たれた。
 低反発球、日本一広い福岡ヤフードームも、まったく関係なかった。同点で迎えた6回。カウント2―2からの外寄り137キロの直球をはじき返した。バックスクリーン左に運ぶ、推定飛距離130メートルの特大2号ソロ。「低反発球、広い球場? トレーニングをしているんやから。1本、2本打ったくらいでそんな騒ぎなさんな。何本(本塁打を)打っていると思っとるんや」通算492本塁打を積み上げてきた天性のアーチスト。群がる報道陣に対して、ただひとり淡々としていた。
 ソフトバンク戦の初戦となった5日。起床すると、日課通りにバリカンを手に取り頭を刈った。しかし、どうも様子が違う。何と、バリカンの刃を付け間違え、今キャンプから定番になっている五厘刈りから一厘刈りに近い髪形になってしまった。「いやー、刃を付け間違えたんや。やばいかなあ」と苦笑い。それでも、今季にかける意気込みと、相手に与える威圧感は今まで以上に表れた。それは順調すぎる程順調なバットにも、しっかりと乗り移っていた。
 激励を受けた敵将へ見せつけた、驚がくの一発だった。昨年12月、ハワイで行われた名球会のパーティー。初出席の清原に対して「44歳まで現役で頑張れ」。世界の本塁打王・王監督は、背水の覚悟で今季に挑む男に大きな大きな期待を込め、言葉を掛けていた。王監督は「見事なホームランだったね。ボール(低反発球)は関係ないな。いろんなことがあったけど、雨降って地固まるじゃないけど、自分でその気になってやっていけばいい。結果が出れば、またその気になってやれる」と、完全復活への太鼓判を押した。
6回2死、中越え2号ソロホームランを放った清原  「とにかくコンディション。それだけや」寸分の迷いもなく言い切った。ボールが変わり、交流戦が行われる今季、変化する環境など関係ない。確固たる自信にあふれた技術に、いいコンディションが加われば、結果を出せることは誰よりも分かっている。小久保と争う4番も「打順へのこだわりはない。どの打順でも清原は清原ですから」と、さらりと受け流す。
 だが、日本球界の「4番打者」として君臨し続けてきた男にとって、このポジションは居心地が悪いはずがない。世の中にあふれる清原信者だって「4番・一塁・清原」のコールが、開幕戦の東京ドームに響くことを、心から待ち望んでいる。清原はどこまでも必死に懸命に、戦い続けていく。

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2005.03.07

走るそ!巨人

4238162956_20050305kaplerキャプラーが、アンツーカーを蹴り上げて二塁を回った。清水のヒットで一塁から二塁、三塁へ。「オレは100%の力でプレーすることしか知らないんだ」と話す助っ人は、太い両腕、五厘刈りの頭を突き出して、筋肉の弾丸となって三塁ベースへ突っ込んだ。セーフ。「自分の判断で(三塁へ)行った。チャンスがあれば行くよ」誇らしげに話した。
 堀内巨人は「足」で勝つ。先陣を切ったのが、この新助っ人だった。この積極走塁の直後、小田の犠飛で生還。ローズの1号に続く貴重な2点目を奪った。その後、7回、後藤の浅い右飛で黒田が二塁から三塁にタッチアップ。8回は無死一塁でエンドランを敢行。堀田の左前安打で元木が三塁まで行き、これが7点目につながった。パ・リーグの常勝軍団を、これでもかと突き放した。
 指揮官は、ユニホームを土色に染めたナインと勝利のハイタッチを行った。「(キャプラーの)2点目が本当の点の取り方だね。少しでも次の塁を狙う姿勢だよ。イヤらしく点を取れば、相手も嫌がる」今までにない攻撃スタイルに手応えを感じている。
 昨季の巨人は、プロ野球記録のチーム259本塁打を放つ一方、盗塁数(25)、犠打(51)、犠飛(19)はいずれもリーグ最少。1発攻勢だけでは勝てない。その反省から積極果敢に走る「スピード野球」への転換を掲げた。清原までもが出塁時、アンツーカーの外までリードをとるなどすでに意識は浸透していたが、4連勝を決めた試合で一気に“開花”した。
8回無死二、三塁、矢野の中前適時打で本塁を突く二塁走者・堀田  手放しで喜べるわけではない。2回のキャプラーは、実はエンドランのサインを見落としていた。三塁の上田コーチの「二塁で止まれ」のジェスチャーも振り切っての進塁。「でも暴走じゃない。好走だよ。あれで他球団の要注意(選手)になるんじゃないの」と上田コーチは苦笑いだ。残り試合で機動力の“精度”を上げ、開幕までに超アグレッシブな野球を完成させるつもりだ。

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2005.03.06

早く回復して、長嶋さん

giants040211_1巨人の長嶋茂雄元監督が脳梗塞で緊急入院してから1年が経過した、巨人の球団関係者は長嶋元監督が精力的にリハビリに励んでいることや新聞を熟読するなど、順調な回復ぶりを明らかにした。
 東京に大雪が降った4日は午前中の歩行運動を取りやめたが、午後は専門施設で約2時間のリハビリを行ったという。リハビリは週6日から週5日に減り、まひが残る右手足の機能回復を目指す訓練や、時事問題を取り入れての会話療法などに取り組み、関係者は「本当に根気強くやっていると感じる」と印象を語った。
 自宅では文字を書く訓練のほか、新聞をよく読むそうで、2日のオープン戦で巨人の新外国人キャプラー選手が本塁打を放ったことには「今年の外国人選手は活躍してくれそうだな」と述べ、復活を懸ける清原和博選手の活躍も喜んでいるという。
 関係者によると、長嶋元監督は1年を節目とはとらえていないようで、2人の孫娘がいることもあり、この時期の感想を「ひな祭りだな」と話したという。

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